―The wind is blowing to the future―


あの頃は失望よりも深い罪悪感を抱えていた。
 
結果的にひとりの人間を犠牲にして生き延びた己を責めるように、
残された者は生きている実感を失って不安定になっていても
何のフォローもなくただ監視され、生き延びさせられていた。
僕もそのひとりで、どんなに強がってみせても心に空いた穴は塞げず、
あの事件直後から数日に渡る尋問と幾つもの医学的検査、
それから解放されたら元幹部としての事後処理等で身体的にも
精神的にも疲れ切り、帰宅すると何もする気にならずただ泥のように
眠る日々が何日か続いていたように思う。
どのくらいこんなことが続いているのか、記憶さえ曖昧だ。
あの人が死んで特刑というシステムが崩壊した日から後、
どうやって生きてきたのかも思い出せない。


そんなある日の夜、外出用の服のままベッドの上で眠りに落ちる寸前に
どこからともなく"彼"が現れて、クローゼットやタンスから何着か適当に
服を選んでスーツケースに突っ込むと居なくなった。
とうとう幻覚を見るようになったか、と、冷めた目で茫然と眺めていたら
また来て服以外の細かい物を勝手知ったる感じで棚から取り出した
僕のバッグに詰め込んでいなくなり、
いつの間にか戻ってきて声も掛けずに僕を抱き起こした。

「上條。上條?聞こえてるか?」

僕の顔を覗き込んでしばらくじろじろと見た後でやっと口を開いたかと
思えば。。。
そんな猫かなんか呼ぶみたいにしなくたってちゃんと聞こえている。
 
「俺が誰か分かるか?」
 
分かるよ。分からない訳無いじゃない。
 
「目、見えてるか?」
 
答えないと何回でも訊かれそうで面倒だったので小さく頷くと、
その無精ひげの目立つ顔に安堵したような笑みが浮かぶ。
それでもどこにも触れてこないのは、僕のことを思って、かもしれない。
 
「喋れるか?」
 
そう問われて気付けば、ここ数日誰とも喋っていないような気がする。
 
「声は?出るよな?」
 
そっと頬に触れてきた指先は緊張して硬くなっていたけれど、僕の目は
何も反応しなかった。
他の人のは全部見えるのに、何故か、今まで通りやっぱりアンタの記憶は
何も見えないんだな、と、ぼんやり見つめ返す。
 
「これ一体どういうつもり?何しに来たか説明してよ」
 
極力不機嫌そうに答えたつもりが何のツボにハマったんだか、
五十嵐は僕の背中に腕を回すと強く抱き寄せられた。
 
「苦しっ!手を離し。。。っ」
 
ジタバタ暴れても腕の力は全く弱まらず、諦めて、こちらの腕を
その背中へ回す。

「俺が誰か、分かるよな?」
 
分かるからいきなりこんなことされてもこの程度の抵抗で、
大人しくしてるんじゃないか。
 
「ちゃんと説明してって云ってるの聞いてる?五十嵐」
「ああ、聞こえてる、聞こえてる」
「ヒゲ、痛い。離して」

口から出る言葉とは裏腹に五十嵐に抱き付いているのは自分の方で、
久しぶりに触れた人の息や体温の心地良さに、背中に置いていた腕を
首へと動かして胸元に頭を擦り寄せた。

「アンタはいつもそうだけど、何をしに来たのか説明してくれないとワケが
分からないよ?」

本当は泣きそう。だが、耐える。

「迎えに来た。いや、やっと迎えに来れた」

それ説明になってないよ、と思った瞬間に抱き上げられて。

「ほら、しっかり掴まって」

首にしがみつき直すと、子供みたいに抱っこされてどこかへ運ばれてゆく。
以前ならこんなことされたら「子供扱いしないで!」と絶対に反抗した
のに、今はもうそんな気力も無い。

怒ってる?
うん、ちょっとだけムカついてる。
でも、嬉しい?
ここから連れ出してくれるのなら。
これで合ってるかな?

感情すら磨り減って自分が今どう感じているのかも手探りで、
肩に顔を乗せてゆさゆさと揺られているその振動が気持ち良くて
うとうとしかけたら下へ降ろされた。
薄く瞼を開くと光が乱反射していて良く見えない。

「眠っていていいから、もう少しの間大人しくしていてくれよ」

頬を拭うように撫でられて初めて、自分が泣いていたことに気付く。

「今更何しに来たんだか、全然意味分からない」

シートベルトを締められた後、ドアが閉められる音が横から聞こえた。
煙草の臭いが残るここは五十嵐の車の中?
目を開けていても眩しくて何も見えないから、瞼を伏せる。

「もうこの部屋には帰ってこられないかもしれないが、いいか?」

ドアが開く音がして、声の位置が左から右へと移った。
そしてドアの閉まる音。

「どうせそのうち追い出されるんだから、構わない」

元は特刑の借り上げで与えられた監視カメラ付きの部屋にそのまま
住んでいただけで、新政府の要監視期間が終了したらいずれ出て
いかなくてはならないのだから、愛着も何もない。

「残りの荷物は後日改めて取りに来させる」

エンジンがかかる音。微かな振動と共に発車した感覚。

「まだ要監視期間のハズだけど。いいの?」

返事を待つ余裕も無く、眠りに落ちそうになる。
ライターの、カチッ!という小さな音と、紙が焼ける焦げ臭いにおい。

「おや?りっくんはいつからそんないい子ちゃんになったんだぁ?」

以前から即座に噛み付いたひとを小馬鹿にしたようなセリフにも、
大嫌いだった煙草のにおいにも、今は安心感を覚える。

「今更何しに。。。?」
「俺も今日やっと自由になったんだよ。それまで軟禁、というか、半監禁
みたいな状態で身動き取れなかった」

特刑黎明期から深く関わってきたのだから、尋問も僕らとは比べものに
ならないくらい厳しかったのだろうと思う。
だけど、

「今更。。。?」

訊きたいことは沢山あってもどこから訊いたらいいのか分からなくて、
頭の中でまとまらないから譫言のようにひとつの言葉だけを繰り返す。

「今更だけどな、お前を連れ出す為に迎えに来た」
「なんで僕を。。。?」

赤信号なのか、車が停まっている間に頭を撫でられた。

「お前が一番参っていそうだったから」

どこでそれを見ていたか?というのは愚問だからしない。
元特刑関係者の中でも処刑部隊の幹部達は厳しく監視されて
いて、目の部屋は継続して使用されていると聞いている。
でも、だとすると五十嵐は新しい組織の中でも幹部クラスに居るのかも
しれないという疑念が湧いた。

「云っておくが、今の俺の立場は"犯罪者に限りなく近い扱いのプー"
だからな。いい暮らしはさせられないが、あそこに居るよりマシだろ」

だとしたら目の部屋に入れる筈もなく、なら、どうして僕のことを?

「今日久しぶりにシャバに出てきて皆に会ったら全員が口を揃えて
『上條が心配』とか『上條は大丈夫か?』みたいなことを云うから
心配になって来てみれば酷い有様だったな」

皆?

「式部も、藍川も、香我美も、黒瀬も、他の面子も元気だったぞ」

特刑本部で過した日々は遠く、何もかも失ってしまったと思ったのに、
そこで終わりではなく、細くでも、何かが繋がっていたのか。

「お前だけ隔離されていたのは奴の唯一の血縁者だったからで、
処分案も出たらしいが特刑の後始末の為という名目で揉み消された
ようだ」
「処分。。。」
「お前の父親が強硬に反対したようだ。あんなことをやってのけても
とりあえず人間(ひと)の情というものはあるんだな、あの人にも」

その父親のおかげでこんな苦しい目にばかりあっているのだから、
五十嵐がどう云おうと感謝の念も何も浮かんでこない。

「殺してくれて良かったのに」

もうこのまま目覚めなくてもいい。そう思って毎晩眠りにつく。
でも目覚めて、絶望する。
目の前に在るのは無味乾燥な現実で、生への執着など疾うに失っている。

「バカ。死んだらそこでお終いだ」

自分と同じ遺伝子を持つあの人は、死んでしまった。

「笑太もバカだよな。生きてゆく道はいくらでもあったのに、自分よりも
他の者達を守る為に期待された通りの死を選ぶなんてのは愚行としか
思えないんだが。そこが"笑太らしい"と三上さんや式部に云われても
俺は未だに納得出来ない」

もう一度、頭をくしゃくしゃと撫で回された。

「お前はお前で、あの人の複製(コピー)じゃない。笑太みたいに運命を
背負わされてもいない。だからこれからは自分の人生を生きていけば
いい。解るな、璃宮?」

今までも自分自身で選んで生きてきたつもりだった。
それを否定されて何もかも見失った僕は、この先どうしたらいい?

「生き残ったことに罪悪感を持つことは無いぞ。生きていることにこそ
意義がある」

五十嵐の声がどんどん遠くなってゆく。

「とりあえず帰ったら夕飯食おう。お腹空いただろ?」

眠気が限界で、こくんっ、と、首が横に傾いだ。
頭の位置を直してくれながら、ふっ、と笑ったような息遣いが聞こえた、
そんな気がした。


―The end―






P.S.
最終話は本誌で読んでいたのですが、
最終巻で修正された部分もあって。
なんでこんなに性急に詰め込んで
無理矢理終わらせたのかな?という
疑問が何回読み直しても残って。
桜澤&笑太のその後は原作者が
描いてくれそうな終わり方だったので、
その他のキャラのその後を妄想、
及び、捏造することにしました(笑)

父の事や笑太との関係が分かり
ショックを受けていそうでありながら
強がりで弱みを見せられない上條を
喪失の絶望の中から救い出すのは
五十嵐が適任かな。。と思って。

ここでの五十嵐×上條は
別館とは別設定です。
この話もこれが始まりで、
まだ続く予定です。
また、同様に別設定の三上と清寿の話は
冬コミ新刊用に誠意執筆中。


AKB48の『風は吹いている』を
聴きながら。。
2012/12/12(Wed)


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