―Under The Rain―


雨の季節になって、突然降られて濡れたからって悪いのは
傘を持って歩いていなかった自分達の方で、天気予報に
怒ったって仕方がない。
とりあえず文句を云う笑太君と、最初から諦める僕。
いつもはそうだけど、今日は違う。

「なんで傘持って来なかったんだろ」

雨宿りしたのは近くにあったビルの軒先。
俯いた視界の右端には並んで立つ笑太君の足元がある。
皮の靴のつま先に雨水に濡れて出来たシミを見ていたら
愚痴りたくなった。

「清寿にしては珍しいよな、こういう失敗」

笑太君は僕を見て小さく笑ってから前を向いた。
どんどん強くなる雨音の合間に聞こえる静かな呼吸。
顔を上げて、横顔を見つめる。

「何だよ?」

横目で僕を見て照れ臭そうに微笑んだ瞳から目を逸らす。

「やっと戻って来てくれたんだなぁって」

指を握るように手を結んだら、その上から大きな手が包む
ように重ねられてきた。

「悪いな。長い間任せっきりにして」

笑太君は昨日まで長期の有給休暇を取っていた。
同居していた幼馴染に特刑の総隊長である事が分かって
しまい精神的に傷付いている筈なのに、そんな姿を誰にも
見せずに頑張っていた頃は傍から見ている方が苦しくて、
ちょっと長い休みが取りたいと云われた時は逆にほっとした。

「休みの間ほとんど連絡くれなかったね」
「ごめん、忘れてた」

笑太君らしい返事にくすっと笑みが漏れる。
マメそうに見えてマメじゃない性格だって4年も一緒に居れば
知っている。
こっちから連絡しない限りメールすら寄越さないだろうと思って
いたら本当にそうだった。

「ナニ笑ってんだ?そんなの知ってたっていう顔すんなよ」

迷惑かもしれないと思って電話もメールもしないで待っていた
んだよ?
そんな当てつけがましいことを云っても仕方ないと口を噤むと、
返す言葉に詰まった。

「。。。そんなんじゃない」

沈黙が落ちて、顔も見れなくて、前を見ていたら笑太君が
突然口を開いた。

「止みそうにないなぁ。。。あと少しだから、帰るか」

え?!と顔を上げたら悪戯っ子の様な顔で笑ってみせて、
僕の右手首を掴み直して歩き出した。
引っ張られて一緒に雨の中へ踏み出す。
笑太君は時々僕を見て、口元だけで笑う。
僕は笑みを返すどころか泣き出しそうになっているのだけど
顔や髪を流れ落ちる雨粒で涙が誤魔化せているだろうから、
歩く速さについて行くのが精一杯なフリをする。

「もう少しでお前んちに着くな」

びしょびしょの前髪の間から覗く瞳(め)も、声も、優しくて、
足が急に前に進まなくなる。

「どうした、清寿?」

立ち止まると雨音が頭の中で響くように大きく聴こえて涙が
溢れて顔が上げられなくなった。
驚いた表情(かお)をしている笑太君の手が弛んだその間に
腕を引こうとしたら指先を捕えられ、手を強く握られた。
離して、と、云えずに、空いていた左手で笑太君のシャツの
裾を掴む。

「ほら。歩いて」

腰に回された手に促されて1歩だけ前に出て、止まる。

「ここからはひとりで帰れるから、大丈夫」

そう云いながらも服を掴んでいる手が離せない。

「びっちゃびちゃになっちゃったし清寿んとこに寄っていくつもり
だったんだけど。。入れてくれねぇの?」

腰から背中、そして肩に掛けられた腕に引き寄せられる。

「笑太君、僕は大丈夫だから。。。」

強くなった雨から僕を守ろうとするように、覆い隠そうとする
ように抱き締めてくれても僕はその背中に腕を回せなくて、
ただ、ずぶ濡れの服の裾を握り締め続けていた。

「怒ってる?」

首を振って否定する。

「俺のこと、嫌いになった?」

大袈裟なくらいに大きく首を左右に振ってから、問い掛ける。

「またどこかに行っちゃう気なんでしょ?」

ぎゅっ、と。
僕の手を掴んでいた手に力が入る。

「どうしてそう思う?」

笑太君が真面目な顔で訊き返してきた。

休んで戻ってきたら雰囲気が変わったから。
少し痩せたくらいで外見はほとんど変わらなくても荒んだ様な、
それでいて何かを決意した様な感じがした。
けれど、休んでいた間に何があったの?と訊いても何も答えて
くれないだろうから、問われた理由も教えてあげない。

「じゃあずっと特刑(ここ)に居てくれるの?」

考え過ぎならいい。そう願いながら。

「。。。」

返ってきそうにない返事を待つより、最初から諦めてしまう。
それがいつも。。。だから後になって後悔することも多い。
笑太君の肩に額を乗せて寄り掛かると、頬を擦りつけるように
して無理矢理顔を横に向かされ唇が重ねられて、求められる
ままに深いくちづけを交わす。

「今夜泊めてよ。何も云わないで居なくなったりしないから」

その笑顔はずるい。
何も訊くな、という表情(かお)だ。
自然に指と指を繋いだら引かれるように歩き出す。
但し今度は随分ゆっくりと、僕に合わせてくれている。

「帰ったらまず風呂。それから久しぶりにお前の手料理が
食いたいな」

君が君の道を往くのなら、僕も僕の道を往く。
そう覚悟してしまえば失っても怖くない。怖くない。。。
もうひとりに戻ってもきっと大丈夫。
自分に云い聞かせていたら笑太君が振り返って云った。

「ただいま」

この手を掴んでいれば今が永遠になるなら絶対に離さない。

「。。。おかえりなさい、笑太君」

雨が弱まる気配はなく、濡れながら歩き続けた。


―The end―






P.S.
笑太が長期休暇を終えて
第一に戻ってきた日の話
。。という設定で。
精神的には結ばれていても、
運命的には結ばれていない。
笑太と清寿にはそんな距離感が
ありそうな気がして。。

約半年ぶりの更新なのに
じめっとした話ですみません。
11/06/06Mon.


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