―Commemoration―


無音――。

キラキラと揺れる水面に向かって伸ばした手にも光がまとわりついて。
綺麗過ぎて掻き乱すのが惜しくなった。

ふわりと。

重力から解き放たれて、浮かびながら、沈んでゆく。

このままで。。

目を閉じるとほとんどの感覚が遮断されて、何も感じなくなる。

ゆっくりと、失う。

生きているという実感と制御出来ない感情を。


「笑太君っ!!!」


二の腕を掴まれて、現実に戻された。

「あ〜あ。帰ってきちまった。。」

気管に吸い込んだ水のせいで咳き込みながら、そっと呟く。
それを聞いた清寿が口を尖らせて、顔に貼り付いた濡れた髪を
後ろへ払うと毛先から跳ねた滴が横に座る俺の頬に飛んできた。

「笑えない、それ」

笑わせようなんて思ってない、本気だったんだから。

そんな事云おうものならこっぴどく叱られるか、泣きそうな顔で無言の
抗議を受けるか。
どちらにせよこちらに勝ち目は無いから、表情にすら出さずに淡く笑み
を返す。

「気持ち良かった?」

は?

意外な質問に、くるんっと揺れた紫色の瞳を見つめる。

「水の中」

しゃがんだ足元の近くまで来ているプールの水を指先で掬い上げて
ぴちゃぴちゃと弄ぶ清寿の横顔に、水面に乱反射した光が映る。

「ああ。スゲー気持ちよかった」

このまま死んでも良いと思ってしまうくらいに。。

わざと最後まで云わなかった言葉まで見透かしたように、俺から
外された視線が空を仰いでから、真っ直ぐ前を見据えた。

「じゃ僕もちょっと死んでみる」

白いシャツを羽織ったままの身体がしなやかに、滑るようにプール
へと落ちた。

「ちょっ、待て!待てよ清寿っ!!」

咄嗟に突き出した手首を逆に捉えられて、ぐいっと引き込まれた。
ゆらゆらと広がる長い髪の向こうで微笑む清寿を見て衝動的に、
腰に腕を回して抱き寄せる。


こうやって抱き締め合いながら共に逝くのも悪くない。


透明な水の中で唇を重ねて貪り合う。
清寿が俺の背中に爪を立てて、俺は清寿の髪を掻き上げると、
口の端から漏れた空気が丸い泡になって互いの顔を撫でてゆく。
水に隔てられたくちづけはまだるっこしく、激しく飛沫を散らしながら
水上に浮かび上がっても、ただひたすら求め合った。

「。。。はぁっ」

唇を離すと、清寿は伸び上がるようにして大きく息を吸った。
赤く染まった頬に触れると目が合って、同時に吹き出して笑う。

「自分が死ぬのはいいけど、他人に死なれるのは嫌?」

他人、じゃないだろ?
何年一緒に居ると思ってんだ。

イラッとしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
悪いのは俺だ。

「もし心中するなら、ここじゃない所がいいな〜」

笑いが止まらずうっすらと涙さえ浮かべながら清寿が云う。

「ん〜。まぁ。。。ここはヤツの持ち物だしな」

俺達の他に誰も居ないここは獅洞法務大臣の大臣官邸にある
プライベートプール。
お前達に普通の若者並みの夏の楽しみをやろう等と、何があった
のかいきなり云い出して勝手に有給休暇まで取らされて、清寿と
2人、ここに居る。

「多分今だって監視(み)てるんだろうし。。。」
「え〜?そんなヒマも無いから、僕まで呼んでくれたんじゃないの?」

力を抜くと身体が浮いて、顔だけ水から出して立ち泳ぎをしている
清寿の顔を横から見る。

「あんな立派なケーキに、ロゼのシャンパン。本当は大臣が自分で
お祝いしたかったんだと思うよ」

見詰めて微笑む視線の先には、大きく開いたパラソルの下の白い
テーブルの上に置かれた巨大なデコレーションケーキと、たっぷりの
氷で冷やされたシャンパンのボトルがセッティングされ、それを挟む
ように置かれたデッキチェアには肌触りの良さそうなバスタオルが
広げて敷かれていた。

「っとに。大きなお世話だ」

舌打ちしながら云い捨てるように呟いた俺の額の真ん中を、ぴんっ!
と指で弾いて、優しい声が嗜める。

「こら、笑太君。他人(ひと)の厚意には感謝しないと」

返す言葉は無く、顎を上げてくちづけをねだる。

「お誕生日おめでとう。今年も一緒に過ごせたね」

わざわざこの日を選んで休みをくれた意味くらい分かっている、と、
でも今これを云っても強がりと思われるのはオチだ。

水が入ってくるのも構わずに、触れてきた唇の隙間を舌で開く。

「。。。こういうところがあざとくってやらしいんだよ」

絡めあった舌を解いて、清寿が小首を傾げる。

「あざとい?」

鋭いようで鈍い。そこが可愛いところだと思う。

「プレゼント付きでって、見え見えでヤなんだ」
「プレゼント?」
「そ。俺が一番失いたくないもの」

真横になりそうなくらい首を傾けた清寿に、真顔で伝える。

「お前だよ、清寿」

驚いた表情(かお)が真っ赤に上気して綺麗な笑みに変わり、
ざぶり、と、視界から消えた。
身体を反転させて、俺も後を追って水に沈む。

差し伸べた手と、伸ばされた手の、指と指を全て固く結び合って。

透明で音の無い世界で清寿の口元が大きく動いた。
気泡で隠されてしまったけれど、多分。いや、きっと。


僕も。大好き。


そう云ってくれていた。


―The end―






P.S.
夏が来まして。。
Happy Birthday 笑太!!

夏コミ直後ということもあり
毎年UPが遅れるんですが、
今年は間に合いました。

あまあまな御子式は久しぶりで
なんというか。。ベタで
すみません(汗
猛暑な日々が続いているので
涼しげな話にしようと。
で、プールを舞台にしましたが
ちょっといちゃいちゃし過ぎですね。。
10/08/14Sat.


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