[03] Wednesday 洗濯日和


唇の中央に真っ直ぐに立てた人差し指が当てられた。
声は無く、口の動きで告げられた言葉に小さく頷く。

こちらを向いていた顔が横を向き。
僕を見ていた瞳が遅れて前を向く。

顔や手袋の輪郭が辛うじて見える闇の中で息を殺し、
気配を消して間合いを窺う。

コツ。

微かな足音。
普通の者なら聞き逃してしまうくらいの音も訓練された
僕達の耳は明瞭に捕捉する。

コツ。

先刻よりも確実に近付いてきている。

――出る。

視線を感じて笑太君の方を見ると、唇がそう告げた。
見つめ返して深く頷く。

――お前はここに居ろ。

え?!

確認する間も無く笑太君が飛び出してゆく。
諜報課でも把握出来なかったという違法建築ビルの
一室は予想したより狭くてワイヤーを使うのは難しそう
ではあるけれど。

「うっ!」

錯綜する銃声と足音の中から、短い唸り声を拾う。
死刑囚の?それとも笑太君の?
両手を握り、動悸がする心臓の上を押さえる。
神様なんか信じていないけれど君の無事を祈らずには
いられない。

「清寿っ!」
「は、はい!!」

身を潜めていた場所から跳ねるように飛び出して、
暗い空間に立つ真っ黒な人影に駆け寄る。
そこへ近付くにつれて血の臭いが強くなった。

「本人確認を」

蹲って動こうとしない死刑囚の頭部に左手に持った
デザートイーグルの銃口を当てて、肩で荒い呼吸(いき)
をしながら笑太君が云った。

「間違いないよ」

素早く網膜を確認して答える。

「最期に云い残すことはあるか?」

諦めにも似た沈黙。
抵抗を諦めた時点でもう死んでいるようなものだから、
今更云い残したいこと等思い付かないだろうなと思う。

ドンッ!

「処刑完了」

胸の奥からゆっくりと安堵の息を吐き出す。

「ちょっと来て、笑太君」
「っ!なんだよ?!」

左腕を掴んで引っ張って引き摺るように歩き出して、
錆び付いたドアを開けると急激に差し込んできた陽光
で目が眩んだ。

「やっぱ右腕怪我してる!」
「。。。良く分かったな」
「分かるよ!!右手が使えるならあの状況になってから
僕を呼んだりしないでしょ?」

まだ何か云おうとしたのを遮って、携帯を取り出す。

『負傷者一名。処理班と救護班を』

ネクタイを外してまだ流血している腕に巻き付ける。

「こんなの大した傷じゃねぇのになぁ」
「そんなの自分で止血してから云ってよね」

笑太君は苦笑して、頭上に広がる青い空を見上げた。

「今日は洗濯日和だな」

そう呟いてから視線を落として僕を見た。

「後でこのネクタイと一緒に俺のシャツも洗っといてくれる?」

飄々とした口調と憎めない笑顔。
今度は僕が苦笑いを浮かべる番だった。


―End−



洗濯って、かなり私的で
日常的な行為ですよね。。
難しいかなと思ったお題でしたが
そう思ったらいろいろ書けるぞと。
当初はもっと清々しい話で、
修正したらR指定な話になって、
冒頭がちょっとハードな展開の
この話で落ち着きました(笑
10/06/10Thu.


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