―Woh woh―


「ふふっ」
「なんだよ急に?」

横を歩く僕の方を見て笑太君が訊いてきた。

「はじめて、だね」

日が暮れてから吹き始めた風が、僕の髪を揺らす。

「こうやって2人で歩くの。はじめて、なんじゃない?」

呆れたようにこちらを向いた顔に微笑みかける。
笑太君が次に何を云うかなんて、想像がつくから先手を打つ。

「いつもだろ?とか云わないでよ。任務の時は別。プライベート
では今日がはじめてだよね?」

失笑して伏せた瞼が、頬に睫毛の長い影を落とす。
顔に掛かる前髪を掻き上げる神経質そうな指先の動きを
目で追い掛ける。

僕が入隊して、第一は2人になった。

笑太君が配属になった時もそうだったと、他の人から聞いた。
2人が1人になった理由は憶測が混じったウワサ話になって
その頃まだ養成所に居た僕の耳にまで聞こえてきたけれど、
殉職なんて珍しくない職種だと思っていたから周りがどんなに
騒いでいようと、正直気にも留めなかった。
やっと第一になれた初日に、2度と誰とも組む気が無い、と
目の前で拒絶された時も驚きこそすれ冷めていた。

1人と1人で2人になっても、1人みたいなものか、と。

どんなに拒まれても僕は第一でいなくてはならなかったから。
1人で頑張らないといけないんだな、と思っただけだった。

「清寿、見過ぎ」

眉根を寄せて、憮然とした表情(かお)で云う。

「減るもんじゃないし。いいでしょ?」

他人(ひと)との距離の取り方が良く分からないのはおあいこ。
拒むことで誰も傷付けまいとする笑太君。
笑っているけど誰のことも受け入れていなかった僕。
最初から笑太君だけが僕の本質を見抜いていたのはきっと、
僕達が似ているからだと思う。

「お前に見られてるとなんか減る気がする」
「意味分かんないよ、それ?!」

笑い合ってそれが静まると、僕達の足音だけが響く。

今夜何か用事入ってる?なんて訊かれるのははじめてで、
驚きを隠して首を横に振ったら、じゃあ花見に行かねぇ?と
組んでからはじめてのプライベートな誘い。
はじめてな事ばかりでいっぱいいっぱいな僕は沈黙が怖くて、
話し掛けようとして何を話したらいいか迷って、黙る。
そんなぎこちない空気を読んでか、笑太君が口を開いた。

「急に誘ってすまなかったな」

すまなくなんかない。嬉しかった。
並んで法務省の建物を出ても舞い上がっていて実感が
全く無かった。

「聞いて欲しいことがあって」

照れ臭そうに笑う横顔に問う。

「花見じゃないの?」

そう誘われたから、桜を見に行くとばかり思っていた。

「。。。うん。まぁ。。。そんなもんなんだけど、さ」

言葉を濁して悲しげに微笑んだ口元から目が離せない。

もう1人じゃない、と頭を抱いて云ってくれた時に初めて、
同僚以上の存在として意識した。
それ以来ずっと君を見続けてきた。


笑太君が好き。


息を、とめて。
溢れそうになった想いを飲み込む。
言葉にすると肩を並べて歩くことが出来なくなりそうで、
このままで居たいから云えない。
笑太君が僕を見ているのに気付いて、俯いて歩く。
だから、道路に散っている桜の花びらが増えてゆくのには
気が付いていた。

「本当は、桜は苦手なんだ」

身体の横に下げていた手の甲をとんとんと突付かれて、
指の間にするりと滑り込んできた手を反射的に握る。
手を繋いだのもこれがはじめて。
結ばれた指を見てから、笑太君の横顔を見た。

「特にこの時期は。。。忘れたい人を思い出させられるから」

そう云って唇が固く閉ざされた。
手のひらに感じる激しい鼓動は、僕のものじゃない。
やがて笑太君が足を止めたのは、ある1本の桜の木の下
だった。

「この場所で1年前、俺は。。。」

風に乗った花びらが、僕達の間を横切る。
何枚も。何枚も。

「笑太君」

一瞬合った視線を逸らして、前を向く。
指先に力を籠めて、冷たい手を強く握り返す。

「まだいいよ」

顔を上げて、前髪で半分隠れた瞳を見つめる。

「思い出すのがツラいことなら、今は話してくれなくていい」

向かい合って立ち、微笑みかける。

「僕、待ってる。だから。。。」


傍に居てもいい?


拒まれるのが怖くて、その一言が云えない。
1人で居るのが苦手なのに強がってしまうところまで僕達は
似ている。

笑太君の顔から、表情が消えた。

失敗した。。。!
泣きそうになりながら、繋いでいる手に視線を落とす。
最初から1人だったんだから何も変わらない。
この前更衣室で突然キスしてきたのだってただの気まぐれで、
深い意味なんて無かったのかもしれない。
もしかして両想いなのかもって勘違いしてしまっただけで。。。

「清寿」

呼ばれて、顔を上げる。
黙って見つめる僕に、笑太君はぶっきらぼうに云った。

「今度は目、瞑れよ」

訳も分からず、云われた通りに目を閉じる。
唇を重ねられて深く求められながら、不器用で、精一杯な君の
ことがもっと好きになっていた。


―The end―






P.S.
小田和正の『woh woh』のイメージで。

今年の夏イベントで
『自分の好きな歌をお題に話を書く』
という企画の合同誌を発行するので
いろいろCDを聴き直していて
やっぱりいい曲だなぁ〜!と、思って。
真っ直ぐな歌詞がきゅんときます。

この話は清寿が入隊して2年目に
なったばかりの春という設定。
夏発行の本にはこの翌年の春の話を
載せる予定です。

10/04/15Thu.


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