― Lucifer in the Sky ―


溺れた者が息を吹き返した時の様に不意に意識が戻った。
白く濁った視界だけゆっくり巡らせて、傍から消えた温もりを
探す。
遠くから聞こえた音で存在を確かめると、目を閉じて深く息
を吐いた。
頭すら上げることの出来ない倦怠感の中ででも、縋るように
お前を探してしまう。

ギシッ。

戻って来て、俺の横に腰掛けた時生の重みでベッドが軋む。

カラッ。。。

細く瞼を開いて見ると、その両手で光の塊が揺れていた。
「水」
ガラスのグラスに満たされている、透き通った液体。
「飲む?」
腕どころか指も動かせず、やっとの思いで痛むノドに手を当てる
と目を瞑り、首を縦に振る。
「声出ない?ごめん。啼かせ過ぎた」
カァッ、と、瞬時に顔に血が上る。
「バーカ。違げーよ」
睫から撫でるように前髪を掻き上げられて、掠れた声でガキ
みたいに虚勢を張る。
「水っ」
咥えさせられて飲まされた時生の残滓が僅かに残っていて、
口の中が苦い。
「起き上がれる?」
心配そうな顔で覗き込む色素の薄い瞳。
わざと大きく首を横に振ってから、じぃっと見詰める。
「飲ませろよ」
駄々っ子を見るような目で薄く笑ってから、時生は口に水を
含んだ。
「。。。!」
重ねられた唇に唇をこじ開けられ、口中に流れ込んで来た液体
を飲み込む。
「ふ。。。っ」
舌を捉えられて貪られて、混ざり合った唾液も飲み下す。
喉仏に触れているお前の親指の先が異常に冷たくて。
後ろに伸ばされてきたもう片方の手も同じくらい冷たくて。。。
「ん。。。っ!」
ピチャピチャと音を立ててのくちづけは、後孔を玩ぶ指が立てる
湿った音を掻き消す。
「だ。。!も。。ムリだって。明日腰が立たなくなる。。。っ」
拒み切れていない、甘みを含んだ声。
それを見透かしたように、反応する俺自身に時生が触れる。
「でもホラ、こんなにまだ欲しがってる」
教え込まれた快楽に、理性よりも先に身体が反応する。
「違っ。。。」
「違わないでしょ?後ろも前も、こんなに濡らして」
差し込まれた指が、隠された悦楽の点を抉る。
「う。。。時生ぉっ」
先端を爪で押し広げられて、浅ましく先走りを零す。
「笑太、可愛い」

顔に貼り付いた微笑み。
瞳が。。。赤味を帯びてきてる。。。?

「声出ないね。水、もう一口要る?」
蔑むように優しく笑って、グラスに口を付ける。
二度目は口移しと云うより深いくちづけに過ぎなくて、水は口角
からほとんど流れ落ちた。
「んー。。。んんっ」
首に両方の腕を回し肩に爪を立て、時生を捕らえる。
両膝を掲げるように持ち上げられて、焦れる箇所に昂ぶりが押し
当てられた

「ちょ、待っ。。。時生っ止めろ。。。っ!!!」

思ったより大きな声が出て、空気が凍った。
驚いた顔で俺を見下ろす瞳はいつもの淡い茶色に戻っていて、
コイツがこんな表情(かお)をするのは初めてだな。。と思った。
「時生。。。止めて。。。」
目を細めて俺を見る。
「笑太。。。」
それはまるで、獲物の最期の足掻きを高みから見下す者の様で。
「俺はお前のことこんなに好きなのに、お前は俺なんかどうなっても
いいって思ってんだろ?!」

否定せずに笑うのは、肯定、なのか?

「そんな事無い。笑太のコト、愛してるよ」

眉の横に触れてきた唇を、頭を強く振って払い退ける。
固く瞼を閉じたまま。
表情(かお)を見るのが怖くて、目が開けられない。
「お前は。。。っ!いつも心にも無い事ばっか云いやがって」
失笑に似た、吐息に紛れた笑い声。
「何で笑太はそうやって、自分は誰にも愛されないって思うの?」

誰にも愛されない、なんて思っていない。
お前に愛されている実感が持てないだけだ。
欲しいのは身体だけじゃなくて。。。

「あぁ。。。っ!」
充分に解されていたから、奥まで貫かれる衝撃は少なかった。
「時生。。。時生っ」
喘ぐ俺の口元や頬やこめかみを撫でる唇。
「時生。。っ」
最中でも冷たい身体は、俺なんかの熱ではどうにもならない。
「笑太の中はいつもあったかい。だから好きだよ」
冷ややかな欲望は他のモノに向けられているのだとしても、
繋がっている間くらいは俺だけを見て欲しいのに。
「泣かないで、笑太」
時生の指先がすうっと目尻を拭って、頬に濡れた感触を残す。
「。。。違うっ」
これは生理的な涙だと、自分に云い聞かせる。
「笑太を愛してるのは真実(ほんとう)だよ」
髪に触れた、優しいけれど氷みたいに冷たい指。

「永遠に自分のモノにしてしまいたいくらいに、愛してる」

血の色に染まった瞳を笑みの表情(かたち)で誤魔化して。
冷ややかな舌先で先に達してしまった俺を舐る。
「バカヤロウ。。。ッ」
下唇を強く噛んで、吐き捨てるように呟く。

諦めと憎しみしか知らない、人形みたいに頑なだった俺に、
痛みと切なさを教えたのはお前なんだから。。。!

「ねぇ笑太、もう一度好きだって云ってよ」
「もーぜってーに云わねぇ!」
ただの人間に戻ってしまった俺だけが、深みに嵌って逃れられない。
「じゃあ云ってくれるまで、赦してあげない」
何も考えられない程激しい快楽を与えられて、幾度も堕ちる。


愛しさと憎しみが表裏一体の感情だと、
そしてこの時既に時生の中ではその区別が付かなくなっていたと。。。
その時の俺には気付くことが出来なかった。


―The end―






タイトルは"暁の星”の意。
純愛と狂信的な愛情。。
最悪の幕切れを迎える直前の夜の話。

ユウキ様イタい話でどうもすみません。。

written by 乾。
2009.Dec,
<09-10笑太ぷちアンソロ参加作品>


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