―Perfect Crime4. overlap


「あの晩、あの公園には行ったんだ」

玄関先で下を向き、清寿が呟いた。

「なん。。。」
「シッ!」

驚いて聞き返しそうになった俺に向かって短く警告を発する。
紐の付いた靴を選んで結び直しているのは、わざと、の様だ。

「顔上げないで。そのまま」

清寿の場合下を向いていれば髪が顔を隠してしまうから、俺さえ
反応しなければ、言葉を交わしているとは気付かれないだろう。
咄嗟に悟って表情を殺し、清寿の指の動きを追う。
本当は問い質したい事が山ほどあるのに、今ここで清寿と会話
をする事は禁止されている。

「犯行時刻頃、現場近辺に居た」

表情(かお)が見えないから不安になる。
肩を掴んで顔を上げさせたくなる衝動を、必死に抑えた。

「呼び出されて」

誰に?

「でも僕は殺していない」

上半身を起こして、でも顔は俯いたまま。

「絶対に、殺ってない」

前髪の隙間から、紫色の瞳が強い光を放った。



数時間前――。

「総隊長っおっはよ〜」
無駄に明るい声の後、頭の上からガサガサと何かが落ちて来た。
「っんなに爆睡してんだったら、ここに泊まってる意味ないじゃん」
寝ぼけて半分以上霞んだ目の焦点を顔の横に落ちてきたモノ
に合わせるとそれは、コンビニ辺りで買ってきた菓子パンだった。
「う。。。もうそんな時間?」
柏原が出勤してきたとなると、大体の時間は分かる。
「いや、いつもより相当早いよ。アンタのせいで早く来る羽目に
なった」
「俺のせい。。。?」
柏原は床の上に散らばった隊服のコートやネクタイの横に落ちて
いたケータイを拾い上げて、片方の口角を上げて笑った。
「これ」
目の前にぐいっと突き出されたそれを受け取って、着信件数を
見て絶句した。
「任務の前に頼みたい用事があるって、五十嵐課長が。ずっと
掛けてたらしいよ」
「。。。なら来りゃあいいのに」
どうせ家には帰らずに法務省の自分の部屋に泊まっているの
なら、電話で呼び出しが無理ならここまで呼びに来ればいい。
五十嵐の部屋と目の部屋は文字通り、目と鼻の先に在る。
「良く分からないけどさ、部屋から離れられないらしいよ」
右隣のイスに勢い良く腰掛けて、数枚の書類を放り投げるよう
にして寄越した。
「。。。?」
寝汚く、テーブルの上で組んだ腕の上に突っ伏していた俺の
鼻先まで滑ってきたうちの一枚が、目に止まった。
「これ。。。」
「そ。それの対応で大変なみたいだよ」
人差し指で挟むようにして目の前に持ってきて、熟読する。
「四十二部隊。。。?」
「副隊長の事といい、悪い事は重なるって」
俺が読んでいた書類の上に自分のバッグから取り出した紙の
束をドサッと乗せて、更にその上にメロンパンを置いて、柏原は
“食えば?”みたいな表情(かお)で見下ろしている。
重く感じる身体を起こしてイスに深く座り直し、ビニールのパック
を開けてパンに齧りついた。
「で?五十嵐が俺に頼みたい事って何だよ?」
返事より先に突き出されたペットボトルのミネラルウォーターを
受け取って、一気に飲み干す。
「さぁ?」
両手を広げて上げる、外人みたいなリアクション。
「さぁ?。。。って。。。おまっ」
「アンタに頼まれた調べ事しててあんま寝てないのに、上司に
とりあえず起こして来い!って朝っぱらから電話で起こされて、
その理由(ワケ)も教えて貰えずに追加の仕事の命令なんかも
されてすっかりパシリな俺ってさ、可哀相だと思わない?」
柏原は自虐的ににやっと笑って、サンドイッチを一口頬張った。
「あ。。ああ。いつもすまない」
「ったくも〜皆してさぁ。俺の能力はそんなに安くないっつーの」
黙々と2人でパンを食べ、立ち上がって散らかっていた隊服を
鷲掴みにして、ケータイを柏原に向かって投げた。
「五十嵐から着信あったら、シャワー浴びて着替えてから行く
って云っといてくれ」
顔の横で手のひらをヒラヒラ振りながら、柏原は微妙な表情で
笑ってみせた。
「了解〜」

五十嵐から与えられた極秘の任務は、清寿の護送、だった。

「あっち(警察)も居るんだろ?」
書類の山に埋もれ、目の下にクマを作った、いつもよりヒゲの
濃い五十嵐に確認する。
「だから笑太。。。良く聞いとけ」
ひっきりなしに掛かってくる電話で会話が進まないのにイラ立ち
を隠さず、とうとう受話器を外してしまった。
「あっちがメインなんだよ、事情聴取だからな」
五十嵐が云い聞かせるように云う。
「但し現時点では任意同行だ。逮捕、じゃない」
そこで言葉を切って、机の上に置いてあった完全に冷めていそう
なコーヒーを一口飲み、顔を歪めた。
「それを逆手に取って、取り引きしたんだ」
「。。。なんかアンタが云うと黒いな」
誉めてないのに嬉しそうに、口の端を上げて五十嵐は笑った。
「警察に訊かれる前に我々が先に事情を訊く。処刑隊員の
管理はこちらの義務だからな。ただ後々疑われるのは不本意
だから、警官の立ち会いを許可する。これで手を打って貰った」
いかにも不味そうにコーヒーを啜り、憮然として見詰める俺を
見て云う。
「これから式部を家まで迎えに行き、ここまで連れて来てくれ」
「警官付きで、か」
探るように尋ねると、五十嵐は困ったような表情(かお)をした。
「そうだ。それに、条件も付いてる」
勿体ぶるような間が気になって、先を促す。
「条件?」
五十嵐の燻らすタバコのニオイが目に沁みる。
「警察の事情聴取前だから護送中の雑談は厳禁だそうだが。
頼めるな?」
頷く以外の選択肢は用意されていない様だ。
「本当は俺が行く筈だったんだが、大きな問題が起こってな。
ここから動けなくなった」
「一部隊失踪したって、本当なのか?」
五十嵐の片眉がぴくりと上がる。
「良く知ってるな。。。ああ、柏原か。アイツ。。。」
ふぅ、と吐き出された紫煙で視界が曇る。
「その件については後で相談するよ、総隊長」
踵を返した俺の背中を、五十嵐の声が追い掛けてきた。
「どこに行く?」
「着替え。この(隊服)ままじゃ行けねぇだろ?」


式部には先に連絡をしておいたから、と五十嵐が云った通り、
部屋に着いた時には出掛ける為の身支度は完了していて、
ベッドの端に腰掛けていた。
思わず声を掛けそうになったら、清寿は人差し指を立てて唇
の中央に当て、にっこりと笑った。
そして笑顔を消して自ら立ち上がり、俺の横を通り過ぎる。
後ろから押すように軽く触れた手のひらに、少し痩せた背中の
感触と髪の香りが残った。
ゆっくりと靴を選んで外へ出ると、清寿は眩しそうに空を仰いで
目を細めた。
「外、久しぶり〜」
「私語は謹んで」
同行の警官から、直ぐに注意が飛んでくる。
口を噤んだ清寿を促して、警察が準備した車に乗り込む。
警官は2名。
1名は運転席へ。もう1名は後部座席で清寿の左に。
右側に並んで座った俺の尻の横で、何かがもそっと動いた。
ジャケットの裾の下で、探り当てた清寿の手を掴む。
応えるように握り締めてきた指先の力の強さから、強気の表情に
隠した心細さと不安が伝わってきて、それよりも強い力で握り返す。
清寿はほんのちょっとだけ顎を上げて微笑んで、瞼を閉じた。

清寿、お前を信じてる。
誰が何と云っても。俺がどう云われても。

言葉にして伝えることが出来ないこの歯痒さ。
軽く体重を預けてきた身体が冷たくて、俺も静かに目を伏せた。


― on the morning of September 21.


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P.S.
任意同行なので護送中も
拘束(手錠)はしていません。

まだ長くなりそうな予感(汗
09/09/29Tue.


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