―Perfect Crime2. homicide


出勤して更衣室で着替えていたら、五十嵐が入ってきた。
「式部、来てるか?」
ほとんど隊服に着替え終わっていた清寿が、呼ばれて振り返る。
「おはようございます。何が御用ですか?」
にこりと微笑みながら、五十嵐の前に歩み出る。
「あ、ああ。まぁな。お前だけ先に部長室に来て、笑太と藤堂は
呼ばれるまで待機していてくれ。省内ならどこに居てもいい」
声の抑揚を抑えてあくまでさらりと云った五十嵐の無表情が一瞬
綻んで、目元が苦しげに歪んだように見えた。
「清寿だけ?」
俺の質問に深く頷いた時には、もうその表情は消えていた。
「もう行けるか?」
視線を外し、こちらに背を向けて清寿に声を掛けた。
「はい。。。笑太君、先に行ってるね」
ドアノブに手を掛けて出て行こうとしている五十嵐の後を追って
小走りになった清寿が、俺を振り返って微笑んだ。
「ああ」
説明しようの無い、悪い予感。
ドアが閉まる音だけで、神経がぴりぴりする様だった。


―― そんな悪い予感など当たらなければ良かったのに。。。!


「清寿が。。。被疑者!?」
1時間以上も待たされ、呼び出されて部長室に行って最初に
告げられた言葉に、俺も羽沙希も絶句した。
「警視庁から身柄引き渡し請求が来ている」
デスクに肘を突き顔の前で手を組んだいつものポーズで、三上
さんは云った。
「え、じゃあ清寿は。。。!」
先にここに来た筈の清寿の姿は見えない。
「待て、御子柴。先走るな」
三上さんは手元の書類を取ってデスクの上で、とんとん、と
揃えながら、窘めるように続けた。
「まだ極秘で捜査が進められている段階で、逮捕では無い。
任意同行のようなものだから、式部は自宅に拘束という事で
あちらには納得してもらった」
自室なら24時間目の部屋で監視出来る。
それを条件に身柄の引き渡しを引き伸ばしたのか。
「じゃあ清寿はうちに?」
「ああ。五十嵐に送って行ってもらっている」
そう答えて黙ると、俺と羽沙希の目の前に数枚の書類を突き
出してきた。
「これ。。。?」
「式部が被疑者になっている事件の概要だ」
俺と羽沙希は目を合わせると、その書類を受け取って一気
に目を通した。
「。。。殺人。。。」
羽沙希が低く唸るように云った。

「事件発生は8月17日深夜。発生推定時間は23時頃。
発生場所、国立東都病院より2kmほど離れた公園の中。
被害者は一般人。犯罪前歴無し。偶然ここを通りかかった
者と思われる」

三上さんが、概要を淡々と読み上げる。

「犯人像、年齢20歳代、身長175〜180cm、細身長身の
男性。黒っぽい色の長髪」

書類には、腰まで届くくらいの長さの直毛、とまで記されている。
次のページに添付されていたのは現場写真と死体の詳細写真、
その次をめくると死体検案書のコピーが挟み込まれていた。

「凶器は鋭利な刃物。但し厚みの無い、スパッと斬れる。。。
ピアノ線かワイヤーの様な物。。。」

声に出して読み上げて、口に上がってきた酸っぱい液を咽喉を
鳴らして飲み下す。
横に立つ羽沙希の唇が、青味を帯びて細かく震えている。
「目撃者は、犯行の瞬間と、犯行後現場から立ち去る犯人を
ハッキリ見ているそうだ」
三上さんは、バサッ、とデスクの上に、警視庁が置いていった
捜査資料を投げ出した。
「ここまで一致するとなると、特刑処刑隊員、しかもその副隊長
だからと云って式部を除外は出来なかったらしい」
確実に犯人像と重なる外見、特殊な凶器。。。

「御子柴」

呆然と資料を凝視していたら呼ばれて、顔を上げる。
「はい?」
三上さんの目が、眼鏡の奥で鋭く光った。

「8月17日の夜、式部は何をしていた?」

その日は羽沙希が大怪我をして入院して手術を受けていて、
俺の誕生日だった。
「あの日清寿は病院とここを行き来してた。。。定時より少し早く
上がって羽沙希の所にお見舞いに行って、帰りに買い物して、
深夜になって帰ってきて。。。それからは朝まで俺と一緒に居た」
ケーキを食べて、シャンパンを飲んで、他愛もないおしゃべりをして
笑い合って、キスをして、愛し合って。幸せな夜、だったのに。
「式部に変わりは無かったか?」
静かに首を振る。
俺を驚かすことが出来たと喜んで、いつに増して上機嫌だった。
「式部が戻ってきたのは何時頃だった?」
日付けが変わっちゃう前に慌てて帰って来たんだよ!と清寿が
云った言葉を思い出した。
「23時過ぎ。。。半、近かったと思う」
俺の答えに、三上さんが溜め息をつく。
「式部はその日、面会終了時間の21時には病院を出ている。
これは病棟の看護師達の目撃証言がある」
居るだけで目立つ存在感に加え、清寿の事だからきちんと挨拶
をして帰ったのだろうから、記憶に残っているのだろう。
「病院を出てからの2時間半近くアリバイが無い、か」
「その後買い物に行った筈。。。」
俺のバースディケーキ、シャンパン、食事になる物等々、清寿は
両手に沢山荷物を抱えていたから、複数の店に立ち寄っている
ハズだ。
「そんなのは警視庁(あっち)が既に調べているだろう」
片手で眼鏡を掛け直し、再び資料に目を落とした。
「もしそれ等を買ったとしても、そんなに時間は掛からない」
「そん。。。な。。。」
帰ってきた時清寿は笑っていて。。。
処刑で人を殺った後清寿が漂わせる狂気の余韻も、血の香り
も全く感じなかった。
その辺は長く組んでこの職に就いているのだから、分かるものだ
と思っていたが。。。
「犯行があった現場は藤堂が手術を受けた病院と式部の家を
結んだ線上にある。徒歩数分、といった所だ」
羽沙希が肩を小刻みに震わせて、半分怒鳴るような口調で
訊き質した。
「あのっ!式部隊長は何て。。。?」
今度は三上さんが静かに首を振った。
「完全に否定している」
目を伏せて、その時の様子を思い出しているような表情(かお)
をした。
「“意味の無い殺人なんて絶対にしません。信じてください”と」

「だから私達は式部を信じることにしたんだよ」

部長室のドアが開いて、五十嵐が入ってきた。
「ご苦労」
三上さんの労いの言葉に軽く頷いてみせて、五十嵐は俺達の目
の前に立った。
「笑太、藤堂、お前達は式部が信じられるか?」
「愚問だな」
云い捨てた俺の横で、羽沙希が強く頷いた。
そんな様子を予想通りだな、という表情(かお)で見て、口元を
緩めながら五十嵐がホワイトボードに歩み寄った。
「そこで、だ。今回の第一部隊の任務は、先日起きた殺人事件
に関する捜査と被疑者の保護だ」
ドアがノックされて、五十嵐に呼ばれたらしい柏原が顔を出す。
「お、丁度いい。全員揃ったな。ではこれから任務の説明に入る」
ホワイトボードに書かれていく図と文字を追って、複雑になりそうな
任務を頭の中で整理した。

「お疲れさん」
目の部屋に入ると、清寿の部屋が大映しになっていた。
「総隊長。お疲れ様です」
清寿の監視が始まって、ここには諜報課第一班が常駐する事に
なった。
「清寿は?」
「眠ってるんでしょうか?ほとんど動きません」
夕方の弱い光が落ちた室内で、ベッドの上に身体を丸めて横に
なっている姿が映し出されている。
「クスリは?」
血色の悪い唇は薄く開いたままだが、身体に掛かった毛布がゆっくり
と上下している。
「さっき飲んでいたようです」
睡眠薬を飲んだのなら、本当に眠っているのだろう。
「今夜は俺が泊まるから、帰っていい」
「あ、はい。でも。。。」
「清寿が不利になるような事はしないから。心配すんな」
無言で礼をして去る気配を背後に感じながら、振り返りはしなかった。

こんなに近くに見えているのに触れられないもどかしさ。
信じている、と、伝えるやることも叶わない。

「清寿、絶対に助けてやる」

― at September 19.


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P.S.
副題の“homicide”は
法律用語で「殺害」。
今年の清寿誕生日の話は
シリアスな展開に。

リアルタイムっぽく話の日付けと
同じ日にUP出来るよう
頑張ります。。
09/09/19Sat,


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