―Perfect Crime1. prologue


今日一件目の任務で羽沙希が負傷して、それが結構重症で、
清寿はどうも落ち着かないらしい。
他部隊が追尾に失敗して突然回されてきた二件目の現場から
処刑を終えて帰るバンの中でも、しきりに携帯を気にしている。
「緊急手術って云っても簡単なものなんだろ?」
見兼ねて声を掛けると、俺の顔を見て眉を顰めた。
「うん。傷口が大きいから麻酔をかけないと縫えないんだって」
病院まで付き添って行ったが呼び戻されて、交代して手術が
終わるのを待っている五十嵐からの連絡はまだ来ていない。
「ザックリ切れてたからな」
羽沙希にとっては入隊してから初めての大怪我だ。
「うわぁ。思い出しちゃうからやめてよ」
気分悪そうに目を伏せて口元を、手袋をはめた手で覆う。
噴き出す血飛沫の中を死刑囚と羽沙希の間に割って入って、
迷いも見せずに首を斬り落とした者とは思えないリアクションが、
清寿らしいと云えば、らしい。
「縫合するだけならそんなに心配しなくても。。。」
俺も清寿ももっと大きな手術を何度か受けている。
「僕が初めて大きな怪我をして手術を受けた時にね」
覚えてる?とでも訊きたげな表情(かお)で俺の顔を見るから、
ちゃんと答えてやる。
「あの、お前がヘマして腹に一発くらった時?」
「そうそう」
清寿は目を細め、首を軽く傾げてくすぐったそうに笑った。
「手術を受けて麻酔から醒めた時笑太君が傍に居てくれて
ほっとしたんだ。だから僕も羽沙希君についててあげたい」
その気持ちは分かる。
俺も同じ、だったな。アイツの存在に感謝した。。。
優しくて温かい記憶はいつの間にか、思い出すと苦しいものに
変わってしまったが。
「報告終わったらソッコーで病院に行ってもいい?」
一応伺いを立てるように訊いてはいてもそれは建前で、
俺がどう答えても清寿は同じ行動を取るだろう。
「あ。。。ああ」
必死に訴えかけてきていた表情(かお)が緩み肩で大きく溜め息
をついているのを見ながら、俺も小さく息を吐く。
「三上さんとこは行っとくから、先に病院に行ってろ」
「先に?」
清寿の瞳が見開かれて、不思議そうな声を上げた。
「報告が終わったら、俺も後から行く」
閉じていた唇がふわりと開いて、そのまま閉じた。
「なんだよ?」
云わずに飲み込んだ言葉が無性に気になった。
「や。なんでも。。。」
目を逸らす仕草に、躊躇いが漂う。
あえて何も云わずにじーっと見詰めていたら、すぐに落ちた。
「笑太君は僕んちで待ってて欲しい。。。んだけど。。。」
意を決したような目できっぱり云い放った。
「。。。来るな、ってことか?」
唇を一文字に結んで、ただ見返してくる。
強い意志を示しているような、頑なな表情。
「。。。」

答えを問い質そうとした時、バンが法務省に到着した。

「笑太君ごめんっ。僕もなるべく早く帰るようにするから!」
まだ完全に停車する前に後部ドアを開けて飛び出して去って
行く後ろ姿を見送って、ボリボリと髪を掻く。
「ソータイチョ。ふられたね」
聞いてないふりをして全部きっちり聞いていたらしい柏原が
早速突っ込んでくる。
「。。。」
にやにや笑っている顔が無性にムカつく。
「完敗、っぽくない?」
「。。。るさいな」
勝つも負けるも。。。
俺には清寿の行動を制約する理由なんて無い。
「今日ってさ。。。」
「っさいって。報告行ってくる。お疲れっ!!」
柏原の言葉を遮って、バンから降りる。

ザァ。。。

先刻まで眩しいくらいの真夏の陽光が溢れていた景色が
急激に暗くなって、激しく降り出した雨で灰色に染まった。
部長室に行く前に更衣室を覗くと清寿の姿はもう無くて、
ロッカーの中には脱ぎたての隊服がかかっていた。
清寿が今朝傘を持って出たかなんて覚えてないな。。。
記憶を辿りながら自分のロッカーを開けると、折り畳みの傘
が掛けてあった。
これがここに在るということは、清寿はきっと今濡れている。
「バカ。。。俺のことなんかどうでもいいのに」
ロッカーを閉じて、部長室へ向かう。

三上さんと話している間に五十嵐から連絡が入った。
羽沙希の手術が無事終了して、清寿と交替して戻ってくる
という内容。
ほっとしたが、すっきりしない。
「。。。御子柴?」
「あ。はい?」
怪訝そうに呼ばれて、慌てて返事を返す。
「これから見舞いに行くのか?」
三上さんの質問は当然の内容。
「いえ。明日にでも。羽沙希の状態が少し落ち着いてから」
俺の答えもお決まりの文句。
表情ひとつ変えずに云えた、と、思う。
「そうだな。その方がいい」
内面を見透かす様なこの男(ひと)の瞳は昔から得意じゃない。
ここに居るとこの胸の中のもやっとしたものまで読み取られそうで、
五十嵐が帰ってくるのを待たずに部長室を出て、着替えて、
退社する。
その頃にはもう雨は止んでいて、傘は要らなくなっていた。
夕飯を作っておいた方がいいのかとも思ったが、清寿が帰ってくる
時間が分からないし、そもそも帰ってくるかも分からないし。。。
慣れないことは止めておこうと考え直して真っ直ぐ帰る。
玄関に傘を放り出して、水槽を指で弾いてアロワナに挨拶して、
部屋の明かりも点けずにごろんとベッドの上に横たわる。

瞼を閉じるとまもなく睡魔が襲ってきた。

「わー。。。笑太君ってばそのまんま寝てる〜」
呆れたような声で目を覚まして、玄関先でそこに転がっていた
傘を拾い上げている清寿の姿を視界に捉える。
「ん。。。おかえり」
真っ暗な部屋に、灯りが点る。
前髪を掻きあげた手を翳して、目の中に入ってきた光を遮る。
「ただいま」
清寿は軽く首を傾げて、ふわりと云った。
両方の手に持った大きくて重そうな紙袋は羽沙希の荷物か
何か、かな?
「羽沙希は?」
その荷物を持ったままキッチンへ移動する清寿の背中に尋ねる。
「もう心配無いし、後遺症も出ないだろうって」
声が明るいから、状態は良かったんだろう。
「僕が居る間麻酔のせいで全然起きなくて、泊まってあげよう
かと思ったんだけど。。。時間が無くて帰ってきちゃった」
「時間。。。?」
着けたままだった腕時計を見ると、23時を回っていた。
「うん。そんな格好で寝てたんなら夕飯食べてないよね?」
冷蔵庫を開けて、棚を開けて。
何してるんだろう。。。?夕めしの準備?
「お腹すごく空いてる?」
ベッドの横の、床の上に運ばれてきたのはトレイに乗せたワイン
グラスと丸い皿とフォークが2人分。
「う〜ん。。。まぁまぁ、かな」
何が起こるのかと起き上がって、動き回る姿を目で追う。
「笑太君」。
いろんな物を跨いで越して目の前に来た清寿は微笑んで、
改めて俺の名を呼んだ。
「お誕生日、おめでと〜!」
手渡されたのはシャンパンのボトルとオープナー。
「。。。覚えてたのか」
紙袋から出てきた四角い箱の中からはデコレーションケーキ。
「自分のは忘れても笑太君のお誕生日は絶対に忘れないよ。
今日中におめでとう!って云いたくて急いで帰ってきたんだから」
誕生日のお祝いと自分の名前が書かれたチョコレートボード
が中央に乗っていて照れ臭い。
「内緒でお祝いの準備してたんだけどこんな慌しくなると思って
なくて、すっかり予定が狂っちゃった」
清寿が顔の前に掲げて見せたケーキ越しに、視線が合う。
「驚いた?」
俺の答えを期待している目。
「驚いた。ありがとう」
その顔に微笑みが広がる。
頭を抱き寄せくちづけを交わし、シャンパンで乾杯してケーキ
に手を付けた頃には日付けが変わっていたけれど。。。
誕生日を祝って貰うことがこんなにも幸せだと初めて知った。

― at August 17.


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     p.p.s.pPP.S.
もうひとつの笑太の誕生日の話。
大変遅くなってしまって
すみません(汗

今年の清寿の誕生日の話は
ここから始まります。
去年までとは趣向を変えて。。
09/09/13Sun,


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