―Snow Blue Snow―


「寒っ」

すっかり暗くなった空を見上げて御子柴が呟いた。
気温は確実に零度を下回っているだろう。
ぶるっと身体を震わすと、顔だけを横に向けて桜澤を見た。

「深追いし過ぎたね」

同じように夜空を見上げていた桜澤はそう云うと、
御子柴の方へゆっくりと視線を落とした。

「ったく。。。何回も同じ事云ってんじゃねぇよ」

桜澤の瞳が淡い茶色に戻っているのを確認してから、
呆れたように云い捨てる。
時々桜澤は理性を失ったような度を過ぎた追跡をしたり、
嬲り殺すような処刑をする。
赤い瞳になった時の桜澤は御子柴では止められない。
付いてゆくのが精一杯で、それ以上手が出せない。
今も任務が完了した時には諜報課が追いついてこれない所
まで入り込んでしまっていた。
処理班にも連絡が取れないとなると死体を残す訳にいかず、
自分達の居る場所さえどこなのか分からないからどうにも
動きようが無い。

「笑太」

不貞腐れている御子柴へ、笑みが向けられた。

「何だよ?」

笑って誤魔化そうとする桜澤に、食ってかかる。

「血が、付いてる」

手袋を脱いだ手が目の前に突き出されたので、
御子柴は反射的に身を引いた。

「あ。ごめん」

すまなさそうな顔で立ち止った御子柴の唇を、
桜澤の親指の先が撫でた。

「あ。違うんだ?」

今はそこだけが血の色の唇が、薄く笑った。

「え?。。。てっ!おま。。。っ?!」

その唇の隙間から差し出された舌が、
ぺろっ、と、御子柴の唇に触れた指先を舐めた。
それを唖然と見詰めて半分開いていた唇の上も、
不意打ちの様に紅い舌先が舐め取った。

口元に手の甲を当てて睨む御子柴に、
当然の様に微笑みかけて桜澤がうそぶく。

「唇の端っこ、切れて血が出てたから」

自分の唇の端を人差し指の先で突付いてみせてから、
目を細めて優しい表情を浮かべた。

「もしかして笑太、これがファーストキスだったとか?」

目の周りを赤く染めて睨む御子柴をからかうように云った
桜澤の顔から、笑みが消えた。

「え。。。マジ。。。?」

顔を半分隠している腕に触れようとした手が、
強く弾かれた。

「うっさい!」

首から顔まで真っ赤に染めた御子柴はそう短く怒鳴ると、
俯いて下唇を噛んだ。

「う。。。ゴメン」

申し訳なさそうに眉をひそめる桜澤を横目で見て、
本当はそんなことで怒っているんじゃないんだ、と、
御子柴は思っていた。

そもそも怒ってなんかいない。
自分に触れてきた唇と舌が氷のように冷たくて、
それに驚いただけだった。
普通人間なら温かいと感じるハズの所が。。。何故?
そんなこと、本人には訊けない。
本人にだって解っていないかもしれない。


静かな狂気に自覚が無いように。


「笑太、ゴメン!って。そんなに怒んなくても。。。」

どうすればその身体を温めてやれるだろう。。。

「笑太!?」

自分の抱く感情の意味も解らぬままに、
御子柴は桜澤の身体を掻き抱いた。

隊服の布越しに背中に食い込む指先に、
静かに微笑んで、
桜澤は、
御子柴を包むように抱き締め返した。


「あ。。。雪だ」


温まらない桜澤の身体に意地になったようにしがみつく
御子柴の頭に、肩に、粉雪が舞い始めた。

「桜澤。。。いや、時生。俺、さ。。。」


無線から聞こえていたノイズが人間(ひと)の声になって、
抱き合ってひとつになっていた刻(とき)に終りを告げた。


―The end―






笑太が入隊してしばらくして
人間らしい感情に芽生えてきた頃。
ほのぼの告白編の予定が。。
未遂になってしまいました(汗

エロでも微エロでもなく
ほのぼのでも無いって。。
この後がらぶらぶなんです多分←

Written by 乾。
2010,Jun.
<09-10笑太ぷちアンソロ参加作品>


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