―Zenith Blue―


「真っ青だぁ。。。
誰かさんの瞳(め)の色みたい」

顔の上に翳した指の間から見えるのは青空。
雲ひとつ無い、眩しい陽光。
寝転がって地面に近くなると、緑の香りがする。
身体の横に手を下ろし、少し顔を横に向けて目を閉じた。
「あっつい。。。」
熱の塊になっている太陽から逃れた瞳は瞼の内側に黒い
点を描き、その点が広がって闇になった。
「ふぅ」
桜が散ってしまった後、中庭に来る者はほとんど居ない。
自分がついた吐息の音が大きく聞こえるくらい静かだ。
短く刈られた芝生が頬に冷たくて、大きく羽ばたくように腕
を動かしてその上を撫でた。

誰にも云って来なかったな。。。
時間までに戻ればいいか。
僕が居ないことに誰も気付かないかもしれないし。

笑太君は放任の様で、結構神経質に周りを見ている
から気付くかな?
羽沙希君も最近周りに気を遣えるようになったから。。。

――僕は、

昔から何も変わっていない。
心配性で、怖がりで、感情のコントロールが下手。
笑顔で取り繕っていても笑太君に見抜かれてしまう。

『無理に笑うな。落ち込んでんなら』

「今日のあれは効いたなぁ。。。」
1件目の任務の後、久しぶりに叱られた。
処刑はいつも作戦通りに上手くいくとは限らない。
任務完遂率100%の第一部隊も例外ではなくて、
滞り無く処刑したとしても、そこまでの過程で予想外の
展開を迎えることもある。
僕達に追い詰められ自宅へ逃げ込んだ死刑囚は、自分
の子供を盾にして我が身を守ろうとした。
自分の身勝手で子供を殺す親。
怒りが、僕のストッパーを外した。
名前を呼ばれて理性を取り戻した後の脱力感。
大丈夫か?と訊いてくれた笑太君に空っぽの笑みを返し
たら、スッパリと切り捨てられて。。。
悲惨な殺害現場なんて慣れてるでしょう、と柏原班長
にまで云われて、それ違う、と返せなかった。
吐きそうになるのに耐えてでも、人殺しと非難されても、
第一でいなくてはならない理由が僕にはある。
罪には相応の罰を。
それを下せる権力(ちから)を手放す訳にはいかない。
でも、堪え切れずに感情が漏れ出してしまう時だってある。
笑顔はそんな時の自己防衛の手段でもあるのに、否定
されると相当ツラい。
「。。。やっぱ暑いや」
肌を刺すような直射日光を浴びて、汗が滲み出す。
瞼を閉じたまま手探りで傍らに投げ出した帽子を取り、
顔の上に乗せようとした時、急に涼しい風が吹いた。

「そんなとこで寝てるとカラカラに干乾びるぞ」

不意に帽子を取り上げられて、持ち上げた腕が目的
を失い顔の上を漂う。

「てか、顔だけ焼けて真っ赤になるのは確実だな」

汗を拭うフリをして指の隙間から見上げた笑太君は、
逆光で真っ黒な影になっていた。
そのまま手で目を隠し黙っていたら、額の上に濡れた
冷たいものが乗っかった。
「ひゃっ!」
背筋を縮ませて目を見開くと、笑太君が悪戯が成功
した時の子供みたいな表情(かお)で笑っていた。
「冷たい飲みもん買ってきたら、お前行方不明になって
んだもん」
片手に汗をかいたプラ製のコップを2つ持っていて、それ
を軽く持ち上げてみせた。
それから片膝を付いて僕の顔を覗き込み、バランスも
崩さずに、すとん、と芝生の上に腰を下ろした。
「外行くなら行くって誰かに云ってけよ。羽沙希も心配
してたぞ」
両手を付いてゆっくり上半身を起こすと丁度、笑太君
に背中を向ける格好になった。
「昼飯は?」
手袋を外し、後ろから頬に押し付けるようにして差し出
されているカップを受け取る。
「まだ」
礼も云わずに一口飲む。
アイスカフェオレの冷たさと甘さが、渇きかけていた身体
に滲み込む様だった。
「食わねぇの?」
そう云ってから、ちゅう、っとストローで吸い上げる音。
「うん。食欲無い」
答えて僕も、音を立てて液体を啜る。

溜め息に似た微かな呼吸(いき)の音と、沈黙。
姿が見えないだけ不安だけど、振り返りたくない。
笑太君の顔を見たらきっと。。。僕は。。。

「俺、邪魔したか?」

カラカラと氷がカップの側面に当たる音がした。
「。。。ジャマ?」
一口飲んでから、訊き返す。
「泣くとこ、見られたくなかったんだろ?」
振り向くと、笑太君は真面目な顔で僕を凝視していた。
「お前のあんな人形みたいな笑い顔、久しぶりに見た。
あれ、精神的にツラい時の表情(かお)だったな」
振り返ってしまったことを後悔しても、もう遅かった。
「そ。。。そんな。。。」
大きな手のひらが、僕の頭の上に乗せられた。
「キツく云ったツモリは無かったんだがそう聞こえたみたいで、
すまなかったな」
優しく撫でられて、下唇を噛んだ。
「。。。そんなんじゃ。。。」
頭を掴んで髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられて、上目遣い
に顔を見る。
「僕。。。変わってないよね」
青い瞳が、何が?、と思ったように見えた。
「入隊した頃から、全然進歩してない。。。」
なんでそんな。。。と戸惑う程優しい笑顔が、僕を見ていた。

「進歩してない同士だから一緒に居るんだろ、俺達は」

取り落としそうになったまだ中身が残っているカップを取りあ
げると身体から少し離れたところに置き、笑太君は僕の頭
を抱いた。
「他の奴等には探しに来んなって云ってあるから、ちゃんと
泣いとけ」
「。。。っ!」
胸にしがみ付いて、泣き声を殺す。
「泣き顔を見られんのも、慰められるのも苦手って。。。
どんだけ不器用なんだよ」
大きく息を吐き出した、笑太君の胸が上下に揺れる。
「だ、だって。。。副隊。。。長。。。だし。。。っ」
頭の天辺に、ふっ、と、鼻息が掛かった。
「。。。バッカ。。。そんなの関係ねぇだろ」

「顔上げて」

しばらくして腕の力が弛められ、耳元で囁かれた。
顔を上げると、笑太君は何とも云い難い複雑な表情を
していた。
「気は済んだな」
僕の目の下を擦った指先は、緑と土の匂いがした。
「。。。うん」
ニカッ、と歯を出して笑ってみせた顔は、太陽みたいに
眩しかった。
「あっちいからさ、中に戻らない?」
元々緩めてあるネクタイに手を掛けると、シャツの襟元
をもっとだらしなく乱した。
「あはっ、そーだね。」
真夏の炎天下の中庭で抱き付かれてたんじゃ、さぞ
暑かっただろう。
先に立った笑太君に手を引かれて、立ち上がる。

「夏だな。。。」

片手を目の上に翳して天を仰いで見ている笑太君の、
もう片方の手を離さずに握り締めた。
「。。。何だよ?」
見詰めていた視線に気付かれて、訝しげな表情(かお)
へ、微笑みを返す。
「笑太君の瞳(め)と同じ色」
真っ直ぐ頭上を指した指を追って、並んで空を見上げた。
「あんなに澄んでないけどな」
「ううん。おんなじ」
天国まで見えそうに晴れた日の、空の色。
出会った時から変わらない、真っ直ぐな瞳。

あとどれくらい一緒に居られるか分からないけれど。。。
その瞳で僕を、見守っていて。


―The end―






P.S.
同じ青空でも季節によって
色合いがかなり違うのですが、
8月生まれの笑太君の瞳は多分
真夏の快晴の空と同じ色。。
かな、と。
同じ題材で同人誌にも
作品を書きましたが、
それとは雰囲気を変えて。

夏の空はすかーっと高くて。。
遥か高みから誰かが見守って
くれていそうな気がします。
09/08/01Sat.


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