―The Far Side of The MOON―


先刻まで見えていた月が、雲間に霞んだ。


いつもどんなに呑んでも酔わない清寿が、特刑上層部
の面子が揃う年に一度の宴会で珍しく一番先に潰れた。
早く帰りたい為の演技かと思っていたら本当だった様で、
くったりしてきたところで初めて慌てて、例年なら俺達が
後始末係なのに、今年はいいから先に帰れ、と、大臣に
追い払われて皆より一足先に帰ることにした。

「怒ってる?ね、笑太君?」
「怒ってなんかいねぇよ」
冷やかしながら見送る奴等ににこにこと笑顔で手を振る
姿にイラついて、清寿の手首を鷲掴みにして連れ出した。
カフスの中の冷たい感触が、俺達を隔てているようにすら
感じる、生温い風が吹く夜。
「その云い方、怒ってるよ。。。あっ」
何も無いところで躓きそうになった腰を、抱き留める。
「バカ。しっかり歩け」
真っ直ぐ立たせて、手首を握り直す。
「ありがと、笑太君」
俺の腕に両腕を絡めて、へらへらと無邪気に微笑んだ。
「くっつき過ぎ、だって」
その腕を掌で軽く振り払うと、俯いて止まってしまった。
「そんなにされたら歩きづれぇんだよ」
肘を掴もうと手を伸ばしたら避けようとするだろうと、予測
通りの動きをした清寿の肘を確保する。
「外だから?」
「はぁ?」
「外だからくっついちゃダメなの?」
とろんとした上目遣いで、気持ち呂律が回っていない。
完全にデキ上がってんな。。。
どう答えたものかと黙っていると、横から顔を覗き込まれた。
「しょ〜た君のケチ」
「ケチ、って」
睨んでいるのが精一杯で、目を開けているのもツラそうだ。
「なんで笑うの?僕は真剣なんだよ」
何年もつきあっているが、清寿がこんな酔い方をしたのは
初めてで、正直云って戸惑っている。
「。。。どうした清寿?」
「ん〜?」
名前を呼ばれただけでゴキゲンになって、嬉しそうに笑う。
「いつもは全然酔わないのにさ、今日はおかしいだろ」
清寿が目を細めて小首を傾げると、外灯の少ない夜道
を背景にして闇と同じ色の髪が広がった。
「そう?」
赤味を帯びた頬と唇が、いつもより艶っぽく見える。
「気分いい〜よ」
「完全に酔っ払いだからな」
満面の笑みにつられて、苦笑いを返す。
「あのねぇ笑太君」
肘を掴まれ引っ張られて、たどたどしく歩きながら清寿が
呼ぶ。
「ん?」
「こ〜じゃなくて、手を繋いで歩きたい」
腕を振り回して俺の手を払い落とし、掌を差し出した。
「転ぶだろ?」
手首を取ろうとしたら拒まれて、失敗した。
「転ばないように頑張って歩くから。大丈夫〜」
また掌を大きく広げて、俺の目の前に突き出した。
「ねぇ笑太君、手ぇっ」
酔うと普段に増して頑固になると、初めて知った。
「あぁ分かったから!大きな声出すな」
渋々手を繋いでやると、満足そうに笑って頷いた。
「笑太君、大好き」
「はいはい」
掌が熱かった。
いつ触っても、抱き合っていても、ひやりと冷たい手の指
まで熱を帯びている。
「笑太君。こっち来て」
急に清寿が立ち止まった。
「なんだよ?」
そして俺の手を引っ張って、高い木の下に腰までくらいの
高さの木が茂る中へ入り込んで行った。
「ここで、しよ」
あっさりと、爽やかなくらいの笑顔で云う事か、それ?
一瞬の隙に首に両腕を回されて、抱き付かれていた。
「しようって?!清寿っ。。。」
唇の上に当てられた指が、その先の言葉を封じる。
「今、したい」
扇情的な微笑みの後の、抱擁とくちづけ。
頭に巻きついてきた腕を振り解けない。
唇と舌が触れ合う湿った音と、甘く弾ける呼吸(いき)。
背中から回した腕で腰を引き寄せると、清寿が俺の耳元
に口を寄せてきて、息みたいな声で囁いた。
『聴かれてるんだからもっと上手く演技して』
何の事か訊き返そうとしたら、清寿は自分の唇の中央に
人差し指を立てて当てた。
その唇の動きだけを追う。
『とうちょうされてる』?。。。あ、盗聴、か。
宴会には第一から第三までの諜報課班長も参加していた
から、道具があったっておかしくない。
そう云えば今回に限って気持ち悪いくらいすんなり帰して
くれたし、あいつ等ならやりかねないな。。。
「笑太君、ここ、触って。。。」
清寿は俺の手を持ち上げて、襟元に触れさせた。
「あ。。。んっ」
シャツの襟の裏を探る指の動きに感じたように、甘い息が
俺の頬を撫でる。
「声出すなよ。黙って感じてろ」
悪戯っぽい笑みで片目を瞑ってみせた清寿に付き合う
ことにした。
「やっ。。。まだ?」
諜報課が開発した最新の盗聴器は超小型でなかなか
見付からないんだよと柏原が自慢していた通り、手探り
では発見出来ず。
「まだだ。我慢して」
清寿の頭を手で押さえて前に倒させて、襟の縫い目近く
に付けられていたちっちゃな盗聴器を見付けた。
「も。。。ガマン出来ない。。。」
それを慎重に指で摘み上げて、清寿の目の前に示す。
「欲しいんだろ?」
にっこりと清寿が微笑む。
「うん、頂戴」
差し出された掌の真ん中に小さな器械をそっと乗せて、
演技では無く、静かに唇を重ねる。
「な〜んてねっ!残念でした〜っ!!」
清寿は一瞬の躊躇いも無く、盗聴器を指先で潰した。
「あ〜あ〜。これ一台に開発費いくらかかってんだぁ?」
ゴミの塊みたいになった元盗聴器を、指で突付いてみる。
「僕達を盗聴しようってのが間違いだよ」
清寿は少し怒った口調で云い、掌を一度強く握り締めて
から、黒いカスを地面に投げ捨てた。
「ここでしよう、って云われて、ちょっとドキドキしたのにな」
「え?」
驚いた様に俺を見上げた眼が、潤んで見えた。
「どこまでが演技でどこからが本気か分かんねぇけど、マジ
になるとこだった」
腰に腕を回して、顔を覗き込む。
「盗聴器、いつ付けられた?」
「飲み会が始まってすぐ?かな」
こちらの顔色を見て、清寿は控え目に微笑んだ。
「最初から気付いてたな?」
俺の言葉で、笑みが掻き消される。
「うん。やたらと静伽班長が絡んできたからオカシイって
思って」
「三班の静伽劉生?アイツめ〜。俺達を売ったなっ」
「誰に?」
「そんなのあの変態大臣しか居ねぇだろ!」
「あ、そっか。。。お酒ガンガン勧めてくるし。笑太君との
関係をしつこく訊いてくるし。早く帰るには酔っちゃうしか
ないかなって。べろんべろんに酔ったフリしちゃった」
俯いて、ぺこり、と頭を下げた。
「ごめん、笑太君。お手数かけて」
申し訳なさそうな清寿に、笑みを返す。
「で、清寿、酔ってんの?」
えへへっ、と、清寿が破顔する。
「少〜しだけ。気分いいかなぁ〜、くらいには」
「俺も、ちょっとだけ酔ってる」
腰を強く引き寄せ、首筋に顔を埋めて髪の匂いを嗅ぐ。
「ここでしよう」
精一杯の甘い声で、囁きかける。
「ええっ?!笑太君、本気??」
「な。ドキドキするだろ?」
顔を見合わせて思いっきり笑って、抱き付いてきた身体を
抱き締め返す。
「笑太君。。。もう感じてる。。。」
「お前だってヒトの事ばっか云えねぇじゃねぇか」
布越しに擦れ合うもどかしい欲情。

「ここで、しよっか」

貪るように交わしたくちづけで、理性と羞恥を消し去る。


月が雲の中に隠れている間に。。。
ここでならお前を俺だけのものに出来る。


―The end―






P.S.
自宅は監視されてるから。。
朝までは一緒に居られない
そんな夜の出来事。

タイトルは“月の裏側”。
“表側”の話も近々UP。
09/05/22Fri.


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