―2nd Anniversary―


例え星が見えなくても――。


「任務完了」
『了解』
無線の向こうの短い返事。
それを聞いて僕も安心する。
処理班への連絡はしてくれるから、現場保護の為ここに
居れば良い。
真っ暗な饐えた臭いのする部屋の中、自分で殺ったとは
いえ死体と一緒に居なくてはならない。
こんな状況にはもう慣れていないといけないのに。。。
「清寿〜、どこだ?」
「笑太君っ!ここ、ここ!」
懐中電灯の光がこちらへ向かってくる。
「お疲れ」
笑太君がにこっと笑う。
「お疲れさまっ」
僕も笑って返す。
他の人の気配がして大きな光源が持ち込まれ、現場が
明るく照らし出される。
「総隊長!」
「あー?何だ?」
呼ばれて擦れ違う時、笑太君は僕の頭にぽんっと触った。
「良くやったな」
竦めた肩を元に戻し、思わず浮かんだ笑顔を俯いて隠す。
「ハハ。。。」
嬉しいな。
養成所では出来るのが当たり前で、褒められることなんて
なかったから。
他愛もないことなんだけど、お疲れ様と云ってもらえるのも
嬉しい。
「清寿!」
「あ、はいっ!」
笑太君に呼ばれて、慌てて駆け寄る。
「怪我見せて?」
並んで立っていた救護班の人を顎で指して云う。
「え?怪我なんてしてない。。。よ?」
軽くぶつけた部分はあっても、スゴく痛むところは無い。
「いいからっ」
少し離れて立ち止まり、身体を点検し直していた僕の腕
を掴み、ぐいっ、と引き寄せた。
「ちゃんと上向いて」
身体を強張らせて、云われた通りに上を向く。
「情けない顔しなくていいから」
ぷっ、と笑太君が吹き出した。
つられて救護班の人も笑っている。
「。。。っ!」
手が伸びてきて目を瞑ったら、頬に濡れたモノが触れた。
「沁みるだろ?」
肩を震わせて、声を殺して笑いながら訊いてくる。
そうは見えないけど、笑太君は笑い上戸だ。
「。。。少し」
前髪を持ち上げられて、こめかみの近くも消毒された。
光が全く無かったから何回か転んだりぶつかったりした。
その時に怪我したんだな。。。
「綺麗な顔が台無しだぞ」
からかわれれば、面白くない。
「顔なんてどうでもいい。。。」
人形じゃないんだから、と、口から出掛かった言葉が、
ノド元で詰まる。
「いたっ!」
鼻の頭も擦り剥いているようで、消毒された時ここが
一番痛かった。
「鼻、真っ赤だな」
頬と額にはガーゼを貼られ、鼻の頭はどうしようかと
迷っている救護班よりガーゼと絆創膏を受け取って、
にやにや笑っている笑太君の顔を睨みつける。
「そこは大丈夫っ」
僕が拒否すると薄く笑いを浮かべた顔で、口調だけ
残念そうに云う。
「思いっきり擦ってるからそのまんまじゃ目立つぞ」
「した方が目出つよっ?!」
必死の抵抗も空しく、それでもガーゼは可哀相だと
思ってくれたのか、大きな絆創膏をぺたりと貼られた。
「〜っ!」
本当に嬉しそうに笑いながら、僕の顔を見て云う。
「清寿、涙目」
「え?!」
手の甲で目を拭ったら、もっと大きな声で笑った。
「ははっ。ウソ」
ぺろっ、と赤い舌先を覗かせておどけた表情(かお)を
して見せると僕の横を通り過ぎて、先刻から呼ばれて
いた方へ行ってしまった。
呆気に取られて、しばらく思考停止。
こういう事する人だったんだ。。。
笑太君にはまだまだ僕の知らない顔がありそうだ。
「オイ」
こつん、と、頭の天辺を小突かれた。
驚いて、反るようにして後ろを見ると、笑太君がまた
吹き出した。
「俺らはもういいってさ。帰んぞ」
頭を庇うようにして上げた両腕の、片方の手首を
掴まれて引っ張られた。
「お前マイペースだな。今に始まったことじゃねぇけど」
思いっきり笑ってる笑太君と、手を引かれて歩く僕を、
皆が振り返って見る。
「B型だからしょ〜がね〜か」
そういう自分こそ!と思って、ムキになる。
「典型的なAB型人間に云われたくない」
「うんっ?それ、俺のこと?」
他人の目を気にしないという点については、笑太君
の方が数段上だ。
「手繋いでなくても自分で歩くからっ。歩けるからっ」
肩越しに、視線が合った。
その顔は真面目で、全く笑っていなかった。
「早くこの部屋から出たいって、ずっと思ってただろ?」
目を細めて優しく微笑んだ顔に、きゅん、とした。
「う。。。そんなの」
「思ってなかった?って?」
また振り返って表情(かお)を見られそうで、急いで下を
向いた。
「清寿、あのさ」
進む速度が急に遅くなって、笑太君の足を蹴飛ばし
そうになる。
そんなタイミングで呼ばれて、条件反射で顔を上げた。
「笑って、ウソ、って云っちゃえば楽になるぞ」
不意打ちで捉えられた視線が、外せない。
「もう。。。慣れたよ」
「事件の現場写真を毎回まともに見れないヤツがか?」
口を手で覆って眉を顰めているそれって、もしかして
僕の真似?
「。。。ごめんなさい。やっぱ苦手」
何度見てもダメなモノはダメ。
凄惨な犯行現場の写真を見せられる度、吐き気が
して正視することが出来ない。
「何年この仕事をやっても慣れないと思う。。。」
こんなこと云ったら怒られると思って、今まで黙っていた。
「いいか、清寿。人間なんだから、それで普通だ」
にかっ、と笑ってくれた顔に、安堵を覚える。
「それに、それがお前なら、無理しなくていい」
嬉しい。
どうしよう。顔がにやける。
こんな事を云ってくれる人は、今まで誰も居なかった。
笑太君が前を向いたのを確認してから、こっそり独り言
を呟いた。
「。。。愛に、飢えてたのかな?」
手首を握っている手なんて、振り払えないことはない。
そうしないのは。。。離して欲しくないからだ。
「うん?」
「ん〜ん。何でもないっ」
照れ臭くなって、空を見上げる。
濃い灰色の雲が厚くたちこめていて、雨が降り出しそう
な夕方だった、


例え星が見えなくても、ぐっすり眠れる夜が来る。
いつかこの手をずっと離さずにいられたら――。


―The end―






P.S.
サイト開設2周年記念で
そのまんまのタイトルの、
設定も清寿が2年目に
なったばかり、の話。。

3周年目指してぼちぼち
頑張っていきます。
これからもどうぞよろしく
お願いします。。
09/03/10Tue.


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