―Tranquil Day in Jan.8th―


「キスして、いいですか?」

そう訊いた時の表情を、他の人にも見せたかった。

「。。。ここで?か?」
蛍光灯の蒼白に近い光が眼鏡のレンズに反射して、
一瞬にして戸惑いの表情を隠す。
「もちろん」
にっこり笑って、それが当たり前のように答える。
「それとも、」
真っ直ぐ見詰めてから首を軽く傾げて、微笑む。
「キス、してくれますか?」

そんな風に困っているのを見たの、初めてだ。

「式部。。。上司をからかうな」
そう云った時にはもういつも通りの冷静な顔に戻って
いた。
「からかってなんかいません」
笑顔を浮かべたまま、視線を下へ落とす。
「冗談です」
いくら誰も通りかからないような廊下でも職場内には
違いないし監視カメラもあるし、ただ思い付きで云って
みただけ。
「。。。」
周りを全然気にしない笑太君みたいな人は例外で、
僕が三上さんの立場だったら、絶対に困ってる。
それに今日は、困らせたくて部長室から連れ出したん
じゃない。
任務完了報告を終えた後で、お話したいことがあるん
ですと笑太君も羽沙希君も柏原班長も五十嵐課長
も居る前で持ち出して、仕事に区切りが付いたところ
で連絡を貰い、ここじゃ何ですからとかなんとか理由を
付けて渋る腰を上げてもらった。
「お時間、あとどのくらいありますか?」
無言で歩いている横顔を見上げて、訊く。
「五十嵐から連絡が来るまでは大丈夫だ」
云い終えて直後の苦い表情を、見逃さない。
「五十嵐課長に何か云われました?」
完全に振り返り、三上さんと向き合って後ろ向きに
歩きながら、反応を見る。
「なんでだ?」
「なんとなく。勘です」
大きな溜め息が返ってきたってことは、図星かな。
「“若いコと付き合うのは大変でしょう?”と云われた」
五十嵐さんなら云いそうだ。
「で?なんて答えたんですか?」
眼鏡の奥で、目が細められた。
「そんなことはない、と」
部長としての立場上否定しとかないと、だよね。
「扱いが難しいだけだ、と、答えておいた」
大真面目な顔をしているから、本当にそう答えたん
だろう。
「わっ!」
驚いてバランスを崩し、後ろに倒れそうになったところ
を支えられた。
「あ、ありがとうございます」
腰に手を回されて、抱き取られた格好になる。
「だいたい同じ歳なのに人をおじさん扱いするのが癪
に触るんだ、あいつは」
表情も変えずに云い放った顔を見上げて、笑ってし
まった。
「なんだ?」
「いえ。なんでも」
いつも冷静で大人に見えるのに、時々子供っぽい
ところがある。
からかうな、ってまた叱られそうだけど、そこが可愛いと
思う。
腕から逃れる途中で首を伸ばして、軽く唇を触れ合
わせた。
「。。。!」
「キスしていいですか?って、ちゃんとさっき訊きました」
微笑みで、何か云いかけた三上さんを黙らせたら、
顎を指で掬い上げられた。
「。。。っ!?」
深く蕩かされそうなくちづけに、腰が砕けそうになる。
「大人をからかうと痛い目に遭うぞ」
引き寄せられて体重を預け、肩の上に頭を乗せて、
息の乱れと身体の火照りを抑える。
「話したいことなんて無いんだろう?お前がそうやって
時間稼ぎしている理由は何だ?」
云い終えたか否かの時に、三上さんの携帯が鳴った。
短く言葉を交わして電話を切って、五十嵐が戻って
来いと云っている、と、低く呟いた。
この合図を待っていたんだ。
「三上さん」
呼ばれて下を向いた視線が、肩に貼り付いている
僕の視線を捉えた。
「今日が何の日か覚えてますか?」
体勢を立て直して、正面から笑顔を向ける。

「お誕生日、おめでとうございます」

言葉を失った隙に手を取って、部長室まで戻る。
「今年もまたハメられたか。。。」
ドアの向こうは静まり返っている。
人が居る気配もしない。
けどドアを開けた途端にどうなるか分かってしまった
三上さんは、ドアノブに手を掛けながら苦笑した。
「毎年自分の誕生日をすっかり忘れているっていう
のもどうかと思いますよ」
声を殺して、耳元で囁く。
「でも僕がバラしたってことは内緒にしてくださいね」
口の前に人差し指を立てて当て、片目を瞑る。
「誰よりも先におめでとうございますって云いたくて、
この役を引き受けたんですから」
横目で僕を見ながら浮かべた、柔らかい微笑み。
「。。。本当に、扱いが難しいな」

ガチャ。

一気にドアが開かれた。
クラッカーの音と明るい声が弾ける部屋の中へ、後ろ
から背中を押すようにして入って行った。


―The end―






P.S.
20日以上遅れてUPの
三上さんの誕生日の話。
三上×式部だと
どちらも可愛くなりすぎる
傾向が。。(汗
09/01/30Fri.


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