17. 余裕なんて無い


余裕なんて、最初から無い。


「。。。なんだ、行っちゃうのかよ」

地面に直に寝転がっている俺の横から立ち
去ろうとした後ろ姿へ、声を掛ける。
ほとんど無意識に、言葉が口から出ていた。
びくっ!と肩が震えて、長い髪が揺れた。
「僕。。。居て、いいの?」
振り向いた瞳に戸惑いの色。
俺の横まで戻ってきて、ぺたん、と腰を下ろ
した清寿を見上げて、笑ってしまった。
「っんでお前が泣きそうな顔してんだよ」
ぎゅっと噤んだ唇の端が細かく震えている。
「泣きそうな顔なんてしてないよ」
硝煙の香りが残る手袋を外して、緊張を
隠せていない、強張った頬に指を伸ばす。
「お前、知ってんだな」
「。。。」
「俺が時生を殺したって、誰に聞いたんだ?」
軽く頬に触れると、ひやり、とした。
清寿は質問には答えずに、ぎゅっと、俺の手
を握った。
「泣くなって」
大きな目から溢れ出した涙が頬を伝って、
握り締められている手まで流れ落ちてきた。
「お前が泣いてどうする?」
手のひらに、温かくて柔らかいものが触れた。
それは、清寿の唇の感触、だった。
「笑太君は間違っていない」
指の一本一本にも、くちづけが落とされる。
「ツラかったのは笑太君だって、どんな中傷を
聞いても、僕はそう信じてる」
俯いて前髪で隠れてしまった頬を、そっと手の
ひらで包む。
「本当のことを教えて。笑太君の口から聞き
たい」
泣きじゃくりながら喋るので、言葉が途切れ
途切れになる。
「僕は笑太君のパートナーなんだから」

全部話してしまおうか。
時生のこと。。。時生とのこと。
深く抉られた心の傷口を曝け出しても、
清寿なら受け止めてくれるんじゃないか。
でも、もし、拒絶されたら。。。

「いずれ。。。な」
俺の答えを聞いて清寿の咽喉が、ぐっ、と、
鳴った。
「まだ僕が頼りないから。。。だよね?」
俺の手の上に自分の手を重ねて、声を
殺して清寿が囁く。

そうじゃなくて、俺が臆病になってるだけだ。
「お前まで失いたくない」

清寿が勢いよく顔を上げた。
目が、落っこちそうなくらい見開かれていた。
「僕はどこにも行かないよ。笑太君と一緒に
頑張っていくって決めたんだから」
そんな風に真直ぐ見詰められると、何も云え
なくなる。
俺はお前が思ってくれているほど、大した男
じゃないんだ。
「そろそろ処理班を呼ぶか」
片手を清寿の頬に当てたまま、もう片方の腕
で上半身を起こす。
「。。。そうだね。皆が心配してるかも」
顔と顔が接近して、清寿が恥ずかしそうに目
を伏せながら云った。
反射的に肩に腕を回し、抱き寄せる。
「っ!笑太君っ?」
「泣かせてすまない」
肩の上に乗せられた頭が小さく左右に揺れた。
「そろそろ本当に処理班に連絡しないと。。。」
「いつかちゃんと話すから、もう少し時間をくれ」
強張っていた身体から力が抜けて、清寿は俺
に体重を預けてきた。

格好つけている余裕なんて無い。
清寿が居てくれるから、俺も人間で居られる。
傍に居て欲しいから、失いたくないから強く抱き
締めて、ブルーブラックの髪に桜の花びらが舞い
降りるのを見ていた。


―つづく



ひとつ前の16番目の
お題の話の続き。
こちらは笑太side。
あと少し近付く為に
一歩踏み出した。。
そんな話。
08/09/07Sun.


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