16. この場に留まる口実


この場に留まる口実なんて、
全く思い付かなかった。


「笑太君どうしたの?!逃げられちゃうよっ!」
「あ、ああ。スマン」
逃亡するターゲットを追跡するのに精一杯で、
他の事は何も見えていなかった。
「笑太君っ!!」
一瞬足を止めそうになった笑太君に向かって
声を掛けると、弾かれた様に顔を上げた。
「。。っるせぇな」
顔色が、尋常じゃなく真っ白だった。
その時にはそのことにさえ気付かなかったけど。
「清寿、下がれ」
「え。。。?」
「俺が、行く」
思い掛けない指示に呆気に取られている間に、
笑太君の後姿がどんどん小さくなって。。。
視界から、消えた。
いや、消された。
舞い落ちる桜の花びら達で。

数分後、銃声が二発。ほぼ同時に聞こえた。

処刑が終われば、すぐに無線で連絡が来る。
それを待っていたけれど、声が聞こえて来ない。
「笑太君っ!笑太君、返事してっ」
マイクに向かって叫んでも、返事が無い。
待ち切れなくなって、笑太君の背中が消えて
行った方向へ、駆け出す。
無事でいて。無事でいて。無事でいて。
祈りながら、何度も呼び掛けながら、走る。
なんて五月蠅い花びらだろう。
視界が白く霞んで、良く見えない。

「。。。清寿」
「しょ、笑太君っ!」
声がした方を見ると笑太君が一本の桜の木の
根元に仰向けになっていて、地面に投げ出さ
れた足先を危うく蹴飛ばすところだった。
「撃たれたの?!」
相撃ちになった様だ。
変わり果てた姿になった無線が顔の横に落ち
ていて、左の頬に線状の傷が出来ていた。
「いいや。それより。。。」
「それより?」
「よりによってここに逃げ込むとはな。。。」
笑太君は静かに目を閉じた。
この時初めて、顔色が悪いのに気付いた。

「。。。ここは、俺が時生を撃ったところだ」

桜澤元総隊長が何をして、笑太君がそれを
終わらせる為に何をしたのか。
三上部長と五十嵐課長から笑太君が居な
い所で、真実を知らされていたのに。
この時期になるだけで、この場所に近付くだけ
で不安定になるくらい、まだ心の傷が癒えて
いないって、分かっていたのに。。。
なんで気付いてあげられなかったんだろう。
「笑太君。。。」

青白い額の上に、紫がかった唇の上に、
桜の花びらが容赦なく降り注いでいる。

瞼の上に乗っている白い花弁を、傍らに膝を
付いてそっと抓み上げてみても、固く閉じられ
た瞳が開く気配は無い。
赤く腫れている頬の傷を、指先でなぞる。
「ほっぺた、痛い?」
「軽く掠っただけだから。何ともない」
「処理班、呼んでいい?」
「もう少し。。。待って」
「うん。分かった」

一人になりたいんだろうな、と思った。
僕がここに居る理由なんて、
この場に留まる口実なんて思い付かない。
僕では君を癒すことは出来ないから。

「。。。なんだ、行っちゃうのかよ」


―17. へ



清寿入隊3年目の春
という設定。
あと一歩。。
近付きたいのに
踏み込めない。
そんな清寿sideの話。
次のお題の話に
続きます。。
08/09/07Sun.


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