10. 空間の温もり


「出るぞ」
「はい」

バン後部のドアを開けて、灰色の雨の中へ。

パシャ。

水溜りを蹴散らかす。

パシャッ。パシャッ。

俺よりもいくらか軽い足音が後を追ってくる。

「裏手は任せた」

眼に雨が入るのを避けて俯き加減だった清寿は
帽子のツバ越しに視線だけ上げて、深く頷いた。

パシャッ。

清寿の気配が遠ざかる。

傍受されている危険性が高いから、無線は使え
ない。
収集した情報を分析し計算して柏原が出した
秒数を、口には出さずに心の中で数えてゆく。

いち。に。さん。し。。。

頭の中に数字だけが流れる。

ろくじゅうに、ろくじゅうさん。。。

俺と同じテンポでカウントを取っているハズの清寿
が、そろそろ裏口に着いて体勢を整えた頃だ。

――行くぞっ!

ドアを蹴破る音が重なる。
中に居るのは追跡中の死刑囚、ただ一人。
俺と清寿、どちらに反撃を仕掛けてくるかは賭け
みたいなもんだ。
俺の方に向かってきたら後方から清寿が、
清寿の方に撃ってきたら俺が、
追い詰めて処刑するという段取り。
いずれにせよ運が無いのは同じだな。
第一に追われて生きて逃げることが出来るなんて
思ってて貰っちゃ困る。

「最後に言い残すことはあるか?」

ワイヤーで頚を絞め上げられているその状態じゃ
云えるワケねぇか。
そう訊いている間に清寿が本人照合を終えて、
冷たい表情(かお)で俺に向かって頷いてみせた。

重い銃声と立ちこめる白煙。
悲鳴さえ無く崩れ転がった、物となった身体。

その向こうで、清寿がワイヤーに付いた血糊を
拭き取っている。
人形の様に整いすぎた、感情が全く無い顔で。

「笑太君」

呼ばれて見返した顔には、いつもの笑み。
「笑太君、ありがとう」
いいや。いつもより数段綺麗な笑顔、だ。
「ん?なにが?」
「任せた、って云ってくれて、嬉しかった」
少しの身長の差を埋めるように見上げ、ほんの
ちょっと首を傾げて微笑む仕草。
「やっと認めてもらえたんだね」
カーキの隊服の肩の上を髪が滑り落ちていく。
「今まで云ったこと、無かったか。。。?」
男に見惚れてどうする。。。
「うん、無い。今日が初めてだよ」

「あのさ、清寿。お前俺のこと。。。」

この前ケガして気を失いそうになっていた時、
ドサクサ紛れに何を云ったか忘れてんのか?

「。。。?」
そんな、じっ、と、見詰めんなよ。
恥ずかしくて訊けねぇだろ。。。
「す。。。いや、せ。。。背、伸びたんじゃねぇ?」
「笑太君、すご〜い!良く分かったね!!この
一年で1cm背が伸びたんだっ」
無邪気にはしゃぐ清寿の頭を、帽子の上から
押え付ける。
「わっ、何する。。。っ?!」
「これ以上伸びんなって、おまじない」
俺の手を払い落とそうとじたばたしながら、清寿
は目を細めて笑った。
「そのうち笑太君を越しちゃうかもね」
「バーカ。今ぐらいが丁度いいだろ」
清寿の指が俺の手首を掴んだまま、固まった。
「丁度いい?。。。それってどういう。。。?」

息を詰めて、清寿のノドが微かに鳴った。
答えを飲み込んで、俺のノドも小さく鳴った。

深い紫色の瞳が俺だけを見て。。。いて。。。

「とにかくっ!俺よりデカくなるなっ」
「ええ〜っ?ソータイチョーってば横暴〜!」


冷たい雨でずぶ濡れになっていても、傍に居て
くれるだけで温かい。


そんな感覚を久しぶりに思い出していた。


―おわり



愛情に関して
心に深く傷を
受けた者同士が
他者を受け入れ
愛することが
出来るように
なるのは
まだまだ
先。。

まだ20題、
続きます。
08/08/12Tue.


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