―Rain Beating The Window―


夜の雨は切なくて――


「清寿、もう少し。。。」
「いいよ、笑太君。。。そのままで」

耳朶を掠めて肩に落ちる、低く甘い吐息混じりの荒い
呼吸(いき)が徐々に静まっていくと、見上げた視界いっ
ぱいに広がる窓の向こうに降る雨の音が強くなった。
汗が引いてきた背中を、熱を逃がさないように強く抱き
締めると、それ以上に強い力で抱き締め返された。
「重いだろ?体勢変える?」
喋った息が肩先に当たると、まだ背筋がぞくぞくする。
甘い吐息を漏らしそうになって、上気した頬を見られ
たくないから、笑太君が顔を上げられないように腕の力
は弛めない。
「ううん。このまま朝までだって、平気」
真っ暗な空から叩きつけるように降ってくる鈍い光の粒
が、窓ガラスの表面を流れ落ちている。
「僕が上になると笑太君しか見えなくなるから。。。」
雨も風も強くてサイアクの天気、だけど。
笑太君の肩越しに見る世界は穏やかで切なくて、
1人で見上げているのとは違う空を見ているような気
がする。
「俺しか見えなくなるから?。。。イヤって事か」
柔らかい舌が首筋をなぞり、横顔にいくつものくちづけ
が降ってきた。
「イヤじゃないけど。。。空が見えなくなるから。。。」
説明のしようが無い、この感覚。
「空が相手じゃ敵わねぇな」
柔らかく湿った舌先が、鎖骨の上や窪みに触れる。
「そこまで嫉妬深くないでしょ?」
軽く笑って緩んだ口元に、優しく唇が重ねられた。
「空見てないと寝れないんだろ?」
気遣うように云ってくれた笑太君に、とりあえず微笑
んでみせる。
ホントは違うんだ。
今動かれると、また感じてしまうから。。。
久しぶりに抱かれたからか、もう腰が怠い。
「眠らせてくれる?」
優しい笑みで、髪を撫でられる。
「子守唄でも歌ってやろうか?」
「。。。余計眠れなくなりそうだから遠慮しとく」
微笑みの余韻を残したまま、静かに瞳を伏せる。
「眠れるもんなら眠ってみろ」
瞼の上に、唇の感触。
応えるように笑太君の後頭部に両方の手のひらを
当てて引き寄せて、柔らかい髪を指で掻き上げる。
何度も角度を変えて唇を重ね合い、舌を絡ませ
合っているうちに、また雨音が遠去かっていく。。。


死刑囚が逃げ込んだ巨大倉庫の爆発炎上事故
に巻き込まれても奇跡的に軽傷だけで済んだのは、
雨のおかげだ、と、笑太君は云った。
突然降り出した豪雨が残り火を消してくれたおかげ
でお前は助かったんだ、と、怒ったような表情(かお)
をしていた。
事実(ほんとう)はね違うんだよ、と、報告をしに行く
為に笑太君が医務室から居なくなった時に諜報課
の面々が真相をバラしてくれた。
一瞬にして燃え上がり崩れ落ちた一面の瓦礫の中
のある一点に向かって駆け寄った笑太君は、周囲の
制止も訊かずに、手袋が燃えて火傷するのも構わず
に一心不乱になって、意識を失っていた僕を見付け
出してくれたんだ、って。
「だから手に包帯?」
医務室で気が付いた時、僕の髪に触れた笑太君の
手には真新しい包帯が巻かれていた。
「そうそう」
「笑太君の火傷、ヒドいの?!」
柏原班長が口を横に引いて、にやっ、と笑った。
「副隊長さぁ〜。。。総隊長の火傷より自分の方が
重症だって自覚ある?」
無い。そんなの。
自分のことなんかより、笑太君の方が大事に決まっ
てる。
心の中では即答していたけれど、口には出さないで
飲み込む。
元はと云えば、こうなっているハズだったのは笑太君
だったから。。。
それも言葉にしないで、飲み込む。


連日苦しめられている悪夢と全く同じ状況が目の前
に展開されていて、眩暈がした。
雨が降り出しそうな、厚い雲に包まれた暗い空。
元倉庫を改装したらしき、巨大な建物。
笑太君が、俺が行く、と云って、死刑囚を追って
建物に入って行った直後に閃光が走って。。。
その先は、見たことがない。
結末まで見届ける前に、あまりにうなされているから
笑太君に起こされてしまう。
夢の中のことだから、細部を全部覚えてはいない。
なのに、自分の目の前で繰り広げられている光景
と夢で何回も見た光景とがシンクロして、全部同じ
ような気がして、それが夢でこれが現実だと分かって
いてもこの先の展開を変えようと、それで頭がいっぱ
いになってしまった。。。

笑太君が死んじゃうくらいなら僕が死ぬ、と、思った。
笑太君の代わりになら死んでもいい。
迷いは無かった。

無理を押して笑太君の代わりになって現場に突入
して爆発に巻き込まれた時、僕の名前を叫ぶ笑太
君の声が聞こえたような気がして、死にたくない、と、
思った。
もう少し、一緒に居たい。
もっともっと、共に生きていきたい。
意識を失いながらも、ずっと笑太君の事を呼んでいた
ような気がする。
「お前が呼んでる声が聞こえたんだよ」
医務室に戻ってきた笑太君に、何で僕が居る所が分
かったの?と訊いたら最初はもそもそ言い訳をしてい
たけれど、何も云わずにじーっと見詰めていたら、照れ
臭そうにそう白状した。
「現場に突入する前様子がおかしかったけど何があった
んだろ?」
問い詰められて、連日見ていた悪夢のことや笑太君の
身代わりになろうと思ったことを正直に話したら思いっき
り説教されて、おでこを人差し指でぴんっ!と弾かれた。
これ、よくやられるけど、その時のは格段に痛かった。
後で見たらうっすら赤く跡が残っていたくらいだから。
「夢は夢、現実は現実だろ」
顎を上げて目を細め、僕のことを見下ろした。
ちょっとムッとしている、怒った表情(かお)。
こういう顔している時の笑太君は、顔立ちが整っている
だけにとても怖い。
「夢になんか殺されてたまるか!くだらねぇ。大体思い
込みが激しすぎるんだよ。。。」
うん。そうだね。
笑太君は運が強いから、きっとそんなことじゃ死なない
よね。
「お前がケガする度に俺の寿命が縮む。しっかりしろよ、
バカ清寿」
その言葉の後に貰ったくちづけの温かさで、耐えていた
涙が零れてしまった。


「眠った。。。?」
声を顰めて呟いた笑太君の息が、耳元をくすぐる。
完全には眠っていないけど眠ったフリをして、窓に当たっ
て砕け散る雨音を聞く。
シーツの上に落ちていた手のひらに手のひらが重ねられ、
ぎゅっと握られた。
まだ治りきっていない火傷のキズの上に巻かれた包帯
が、ざらっ、と、擦れる。
「悪い夢、見んなよ」
睡眠薬より確実に、優しく眠りに落ちてゆく。


雨の降る夜は切なくて、悪夢に飲まれてしまいそうに
なるけれど。。。
こうやって傍に居て、捕まえていてくれれば大丈夫。


―The end―






P.S.
久々の更新は、
ショートショートの部屋にある
色彩十色のお題最終話、
『10.灰色の未来』の
続きの話です。。
08/06/17Tue

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