―Love Potion―


「前はこんなじゃなかったのに。。。」

最近、度々耳にする呟き。
無意識なのか?聞き返すと不思議そうな表情(かお)
をする。


「任務完了」
「ん。処理班に連絡しとく」
そう答えた時には既にコールしてくれている。
羽沙希だと、こうはいかない。
清寿とだからこそ、こんな風にサクサクと事が進む。
「待って笑太君!」
処理班と話した後で柏原と何か話していたようなのに、
清寿がいきなり俺を呼び止めた。
「あ?」
振り返った俺の目の前に自分が使っていたタオルを
突き出してきて、携帯で話し続けている。
顔に飛んだ血なら、さっき拭き取ったハズだけど。
憮然として、手渡されたタオルでもう一度顔を全体的
に強く擦ってみる。
清寿は横目で俺の方を見ながら口元に手を当てて軽く、
ぷっ、と吹き出した。
「了解。笑太君にも伝えておくよ」
ぷつっ、と携帯を切って制服のポケットに滑り込ませると
笑いながら手を伸ばしてきて、俺の手からタオルを取り
上げて、そしてそれを指先に被せるようにした。
「ごしごし擦れば取れるってもんじゃないでしょ」
「柏原、何だって?」
眉の上辺りを擦られながら、笑顔の清寿に尋ねる。
「今日はこれで終わりだって」
その微笑みの理由はそれか。
「もう一件。。。あったんじゃないか?」
改めて、笑みが弾ける。
「それがね、まだ潜伏先が捕捉出来てないんだって」
「それじゃまた夜中に呼び出されるかもしれないって事じゃ
ねぇか。。。」
はぁぁ。。。
大きな溜め息をついた俺とは対照的に、清寿はやけに
嬉しそうだ。
露骨に態度に出しているワケでは無いが、最近は微妙
な雰囲気の違いで細かい感情の変化を感じ取れるよう
になってきた。
「そうなったらそうなったで仕方ないよ」
安定しているように見えて不安定で、気まぐれなのは
解っているけれど、今だに何を考えているのか読めない
時がある。
「それよりも早く帰れるのが嬉しい」
にっこりと微笑まれて云われると俺までそんな気がしてきて、
細かいことなどどうでも良くなってしまうから、いつまで経っ
ても読めるようにならないのかとも思う。
「早く任務完了報告しに行こ」
片手で羽沙希の手をがっしり握り、空いていた方の手を
俺の前に差し出した。
それを無視して歩き出したのは照れ隠しだとバレていて、
声を殺してくすくすと笑っている。
これは機嫌がいい証拠だ。
今朝更衣室で、今夜は久々にお前のところに泊まれる、
と伝えると、じゃあ頑張って早く任務終わらせなきゃね!と、
清寿は悪戯を仕掛ける時みたいに大きな瞳をくるんっと
回して、上目遣いで俺のことを見上げてきた。
顔色が悪いのは何日か充分に眠れていないせいで、目
の下の隈に指で触れようとすると嫌がった。

「前はこんなじゃなかったのに。。。」
「こんなって。。。?何が?」
「え?僕、何か云ってた?」

夕飯を摂る時間も惜しんで身体を重ねあって、何度目
かの絶頂を一緒に超えた後で、ぼんやりしながら呟いた
清寿に問い質す。
「“前はこんなじゃなかったのに。。。”って、最近良く云っ
てんぞ。それどういう意味だよ」
きょとん、とした表情で小首を傾げてしばらくの間じーっと
こちらを見ていた清寿が、何かに思い当たった様に、ふ、と、
目を伏せた。
「ああ、それはね。。。前は眠れないのが普通だったから、
眠れなくても大丈夫だったのに、最近は眠れないとすぐ顔
に出ちゃってるでしょ?」
清寿の頭の横で重ねあった両方の掌を強く握られて、握り
締め返す。
「笑太君時々僕の目の下を擦ろうとするじゃない?ああ、
隈が出来てるんだって思うと悲しくなるんだ」
言葉が途切れた隙に、軽く開いていた唇を奪う。
吐息を絡め合うように何回もくちづけを交わし、唇が離れた
刹那に清寿が深く息を吸った。
「笑太君、大好き。。。」
肩にしがみつかれたまま、耳朶に息がかかるほど近くで甘く
囁かれるのに本当に弱い。
「俺も、だ」
サラサラの髪に頬を摺り寄せて、耳元で囁き返す。
「僕のことはあまり心配しなくていいから」
顔を見たくて身体を引き離そうとしたけど、腕に力を入れら
れて拒まれ、果たせなかった。
「眠れなくても大丈夫。ずっとそうだったんだから」
肩の上に清寿が顔を擦りつけてきた。
抱き上げた猫がするみたいで、ふわふわする感じがこそば
ゆい。
「でも今日はちゃんと眠れそう。ね、このまま眠っていい?」
一拍間を置いて答える。
「ダメだな」
「。。。え?」
肘を伸ばして密着させていた胸を離し、俺の顔を不可解
そうに見た清寿の唇を、追い掛けるようにしてもう一度奪う。
「ダメだ。寝かせねぇよ」
後頭部に添えていた手の指に絡めるようにして濃い色の
髪を掴み、痛くない程度の力で引いて少し首を反らせて
くちづけで捉え続ける。
「僕、強くなるからね」
「あぁ?」
「笑太君とずっと一緒に居られるように頑張る」
繋がって、掻き混ぜられ、愉悦にうなされたように突然、
清寿が云い出した。
「前はこんなじゃなかったのにって、もう思わないようにする」
背中に回した腕で腰をぐっと引き寄せて揺さぶり、もっと
切なく喘がせる。
「今のままでいいよ。充分お前は強いから。今のままずっと
俺を支えていてくれよ」
「うん。。。頑張る」
短い上擦ったような声がして、腹の上に清寿の熱が放た
れた。
腕が弛んで離れそうになった身体を抱き寄せて、俺も清寿
の中で達する。
いつまでこうやっていれるんだろう?
最初に肌を合わせた時から、ずっと気になっている。
そんなに先のことは考えられない。
過去のことばかりに囚われていたくない。
今こうやって居られる時間が一番大切だから、気が済むま
でお前を抱き締めていよう。。。


「最近は云わなくなったな。。。」

処理班にコールをしながら、清寿が不思議そうな表情(かお)
で俺の顔を見た。
相変わらず目の下に隈がある時は有るけれど、一時よりは
酷くなくなった。
強制的に視線を絡め取られ、微笑みを返される。
「敵わなぇな。。。」
つられたように、笑みを返す。
今日は機嫌が良さそうだ。
それだけで俺も一日頑張れるような気がするよ。


                  ―The end―






P.S.
不眠はツラい。

数年前まで深刻な
不眠症だった乾は
そう思います。
けどそれよりも、
眠りを取り戻してから
たまにど〜しても
眠れない。。!
って状況の方が
ツラい。。
今は一月に一週間
だけ不眠期が来る
状況なので、
そのツラさを
実感しています。
そして。。
不眠現在進行形(涙
我に眠りを!!(-人-)
08/05/21wed.


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