―Waited and Wait―


今日1日、笑太君のテンションは低かった。
元々そんなに高い方じゃないけど、いつもよりもっともっと
低かった。
不機嫌に限りなく近い状態で、あの柏原班長ですら弄れ
なかったくらいだ。

その原因は。。。僕だ。

昨日の夜、笑太君はうちに泊まりに来た。
10日ぶりくらいになる。
ひとりの間ずっと眠れていなかったから、久しぶりに笑太君に
抱かれて安心して眠ることが出来ると思うと嬉しくて、うちに
着くまでの間ずっとどきどきしていた。
玄関を入って、靴を脱ぐのももどかしそうに唇を奪われた時、
笑太君の胸に当てた手のひらから鼓動が伝わってきて、
ああ、笑太君もどきどきしてるんだ。。。
そう思ったら恥ずかしくなるくらい身体が火照って、視線を合
わせることも出来ないくらいだった。
なのに僕ったら。。。
食事が終わって笑太君がお風呂に入っている間に、夕飯の
食器の後片付けを終えてから。。。
いつの間にか眠っちゃったみたいだ。
目が覚めたら朝になっていて、本気で驚いた。
ベッドに行った覚えなんて全然無いのに。
しかも裸で。。。
僕を抱き締めるようにして眠っていた笑太君も裸で。。。
けどお互い下着はちゃんと付けていて、何かした記憶もされた
形跡も無かった。
きっと服を脱がせても起きないくらい僕が爆睡してたから、
起こさずにいてくれたんだ。
笑太君の苦しげな寝顔を見て、ごめんなさい、と思うより、
僕の事大事にしてくれてありがとう!と感激していた。
だからそのままそう云えば良かったのに。。。
ほんのちょっぴり無理してでも求めて欲しかったかな、なんて
思う気持ちがあったのは事実だ。
だから余分な事を云ってしまったんだと思う。
「強引に起こしてくれても良かったのに」
僕のそんな一言を聞いて、なんとかベッドから起き出してきて
やっとという感じでコーヒーを啜っていた笑太君の顔が歪んだ。
云ってしまってから後悔しても遅い。。。
笑太君はそれからご機嫌斜めで、ろくに口もきいてくれなかった。
謝りたくても話し掛けられる雰囲気じゃないまま本日の任務
が終わり、これは本当に嫌われちゃったかな。。。と、落ち込み
ながら着替えを終えて笑太君の顔を横目ちらっと見たら、
「帰んぞ」
と短く云われて腕を掴まれた。
「離して。恥ずかしいから!」
僕の願いは聞き入れられることは無く、引き摺られるようにして
うちまで連れてこられた。
玄関を入った途端に深くくちづけされて、ほっ、として腰の力が
抜けたら、抱えるようにしてベッドの上まで運ばれてしまった。
嫌われたんじゃなかったんだ。。。
安心したら自然に目が潤んできて、抱き寄せられるままに身を
委ねていたら。。。笑太君のお腹が盛大に鳴った。
「。。。ヤバい、腹減った。飯作って」
朝以来、業務連絡以外で初めて喋ってくれたのがこのセリフって。
と思って、くすっ、と笑ってしまったら、また不機嫌な表情に戻って
しまった。
食事を作っている間も食べている間も会話は無し。
僕が一方的に話し掛けるばかりで、返事もかなりテキトーか、
ほとんど返ってこなかった。
悲しいけど。。。泣いてもしょうがないから泣かない。
自分がいけないんだから、これは罰だ。

「あのっ。。。あのね、笑太君」
「何?」
笑太君が視線を上げた。
「すっごくやりづらいんだけど。。。」
顎を少し上げ気味にして目を細めて僕を見る。
「やりづらいも何も」
深い溜め息をつき、視線をまた下に落としながら、笑太君は
意味有り気に言葉を切った。
「ただ食器洗ってるだけだろ?何が“やりづらい”んだよ」
。。。でも、やりづらいよっ!
心の中だけでそう叫んで、仕方なくシンクの方へ向き直る。
一緒に食べた夕飯の後片付けをしているだけ。
確かにそうなんだけど。。。
背中から突き刺さってくるような視線と気配が痛くて、居たたま
れない。
肩越しにおずおずと後ろを覗き見る。
ソファに座って新聞を読んでいるフリなんてしてなくていいのに。
「。。。先にお風呂、入っててもいいよ?」
無視。視線すら上げてくれない。
わざとじゃないんだから、そんなに責めなくてもいいじゃない。。。
洗い終わった食器を拭きながら口の中でぶつぶつ云っていたら、
笑太君が立ち上がった気配がした。
「終わったか?風呂、入んぞ」
半分だけ身体を後ろに向けて、泣き出さないで済むように目に
精一杯力を入れて、笑太君の顔を見つめ返す。
「先に入ってて」
「。。。洗いもん、終わったんだろ?」
笑太君の眉間にすぅっ、と、縦ジワが寄った。
「やだ。一緒に入りたくない」
困った表情、が、驚いた表情、に変わった.。
「なんでだよ?」
声がいつもより低くて、迫力がある。
前髪の間から覗く青い目が怖いけど、負けないようにもっと強く
睨むようにする。
「笑太君、怒ってるから」
目に力を入れ過ぎて、涙が出てきた。
「寝ないでちゃんと待ってるから。お願い」
僕が決死の思いで云ったのに。。。
笑太君ってば、大笑いをし始めた。
「なんで笑うの!?」
お腹を抱えるようにして、目元に滲んだ涙を指で拭いながら、
ひーひー息を切らしている。
「そんなに笑って。。。酷いI
本気で泣けてきて、べそっ、としたら、伸ばされてきた腕で頭を
抱き取られた。
「怒ってなんかねぇよ。なんでそう思ったんだか?」
優しい声に驚いて上を向くと、穏やかな瞳が僕を見下ろして
いた。
「だってっ。。。」
云いかけて途中まで開いた唇を持ち上げられるようにくちづけ
されて、舌を絡め取られて云おうとしていた言葉まで飲み込ま
れてしまった。
「お前も一応オトコなら、昨日のあの状況で一晩耐えるのは
相当ツラいって解んだろ?」
やっと唇を離してもらえて、息を荒げながら笑太君に縋りつく。
「一応じゃなくて僕もオトコなんだけど。。。」
だから解るよ。
すっごく耐えてくれたんだろうなってことぐらい。
「今日は顔に力入れてねぇとヤバかったんだって」
笑太君の指先が僕の背中をすーっと撫で下ろし、その先を探
ってきた。
「ヤバかったって。。。どんな風に?」
強がってみせても、呼吸(いき)が全て甘い吐息になっていく。
「だから〜」
「だから?」
ちゃんと欲しいって云って欲しくて、わざと焦らす。
「。。。“お預け”の後は“待て”かよ」
前髪で表情(かお)を隠したつもりだろうけど口元は見えていて、
悔しそうに唇を噛んだのまで見えてしまったから、今度は僕の
方が大笑いをする番だった。
「昨日あんだけぐっすり眠ったんだから、今日は眠くねぇんだろ?」
肩に両腕を回して舌を伸ばし、照れているらしい笑太君の、
口の横のホクロをぺろっと舐める。
「うん。今日は眠れなくても大丈夫」
僕の答えを聞き終わるか終わらないかのうちに首筋に鼻先を擦り
寄せてきて、頭の先から足の指まで、全身にくちづけが降ってきた。
「笑太君、わんこみたい!」
くすぐったくて、身体を縮めるようにしてそう云うと、笑太君の顔が
また不機嫌そうになった。
「自分がご主人様だって云いたいのかよ?」
青い瞳が、ぐりっ、と上を向き、僕から少し身体を離すと、ふぅ、と
大きく息を吐いた。
「俺にとってお前はご主人様じゃなくて、餌、かな」
餌って。。。
「清寿、お前を食わせて。朝までずっと」
云い方は不器用だけど、求めてくれてるみたい?
「う〜ん、じゃあ。。。“よし”?」
その後は貪るように抱かれ続けて、夜明けが近くなった頃には声
もすっかり嗄れてしまって。。。
翌日非番で本当に良かったって思った。


―The end―






P.S.
ショートショートの部屋で
<倒錯拾題>というお題で
話を書きまして。。
その09と10の話の
続きです。
18禁では無い?
かな??(汗
08/04/27sun,

Back