02:漆黒の夜


横で息を殺している清寿のノドが、ごくっ、と
鳴った。
「夜の任務は初めてだったか?」
夜の中の微かな光を集めて、闇の色の瞳が
妖しく輝きながらこちらに向いた。
「こんな時間に呼び出されるのも初めてです」
抑えた声量でそう答えた清寿の声は掠れて
いて、笑みが見えない分、剥き出しになった
緊張感が伝わってくる。
手探りで、後ろから肩に手を乗せる。
俺の指先が触れた瞬間、強張っていた身体
に鋭く震えが走った。
「大丈夫だ」
手の甲の上をさらりと髪が流れて、おずおずと
触れてきた手が俺の手に重ねられてきた。
「余分なモノが見えない分、お前の邪魔をする
ものは何も無い」
指先に力が籠もり、何かを求めているかのよう
に握り締めてきた。
繰り返される小さな身震いを、らしくない、と
云ってしまれば突き放してしまう。
だからといって、ずっとこうやっている訳にはいか
ない。
不安なのは痛い程分かる。
俺だって入隊したての頃は、アイツに弱みを見
せたくなかったから意地を張って平然を装って
いたが、心の中ではこんなだった気がする。

「行きます」

短くそう云って、つっ、と、立ち上がった。
深呼吸を数回して、闇の中に消えて行く。

ワイヤーを使う時、目で見ているというより感覚
で見て獲物を捉えている、と清寿は云っていた。
音、気配、そこから予測される動線を捉えて、
ワイヤーを放つ。
視覚が制限されるこんな夜の現場でも。。。
いや、そういう現場だからこそ、他の誰も使う事
の出来ないその武器が威力を発揮する筈だ。

闇の中、生臭いニオイが漂ってきた。
切り裂かれた臓腑と、噴き出る血の臭い。
一縷の悲鳴を上げさせることなく静かな処刑を
終えて戻ってきた清寿は、俺の影を見付けると
ゆっくり歩み寄ってきた。
「任務完了しました」
「お疲れ」
俺の肩に、こつん、と額を乗せて、浅い呼吸を
繰り返している。
「こんなに暗くて。。。本人照合出来たか?」
「いえ。名前は確認しましたがそれ以上は。。。
でも、頭部は損傷させてないと思うんで」
「了解」
口調はしっかりしているのに、声は更に掠れて
いた。
「怖かったな?」
「。。。少し」

漆黒の夜が、お前の心を暴く。

「夜は。。。苦手なんです」
吐息のような、ひくつくような息遣い。
もしかしたら泣いているのかもしれないと思って
もどうしたらいいのか分からなくて、処理班が
来るまでの間、ただそっと頭を包み込むように
して抱いてやっていた。


End.



“01:雲の白”に引き続き
第一がまだ2人だった頃。。

清寿は入隊してすぐで。。
だから敬語使ってます。
笑太からも、まだ一度も
名前では呼ばれた事がない
かもしれない。
そんな時期の話。。


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