―08:幻


「笑太君!」
呼ばれて薄く目を開けると、室内はまだ薄暗かった。
この感じだと起きるにはまだ早いだろ。。。
「笑太君、笑太君っ」
昨日なかなか寝付けなかったから、眠ぃんだよ。
上半身を半分起こして俺の肩を揺すっていた清寿
の、上になっていた肩を右手で掴んで、引く。
あっ!と小さく短い声を発して腕の中に落ちてきて、
じたばたしている身体を押え付ける。
「ぃや、放して。だめだってば」
髪の上から首に回した腕で強く抱き寄せて、抱き枕
にするみたいに足を絡める。
肩に顔を押し付けられるような格好になった清寿は
俺の耳の間近で大きな溜め息をついて、大人しく
なった。
触れ合った素肌に呼吸(いき)が当たって、規則正
しくふわりと広がる温もりが心地良い。
そのリズムに、すぐに眠りに落ちそうになる。
寝付けなかったのはお前のせい。
抱かれた余韻に浸ってぼんやりしている顔が好きで、
離れるのが名残惜しくていつもは俺から抱き締めて
やるのに、昨晩は初めてお前から抱き付いてきた。
下からすっと伸ばされてきた腕が俺の身体に巻き付
いてきて、驚いているうちに引き寄せられてくちづけを
貰った。
唇が離れた瞬間に、はぁ。。。と淡い息を吐き出して
意識を失うように深い眠りに落ちた、満ち足りた様な
微笑みを浮かべた顔を見ていたら眠りに入りそびれて
しまったんだ。
「ねぇ、笑太君、ってば」
耳の穴に囁き声が入ってきてくすぐったい。
「ん。。。もう少し寝かせろよ」
腕と足の位置を変えて、抱き直す。
鼻先を髪が掠めて、良い香りが鼻腔に満ちる。
頬摺りするようにして顔の位置を決めて眠りの態勢
に入ると、諦めたように額が肩に擦り寄せられた。

こんな時がいつまで続くか分からない。
いつか突然幻のように消え去って、思い出すことも
出来なくなってしまうかもしれない。
今夢の中に居て、目を覚ましたら現実じゃないとか、
そういうことも有り得るかもしれない。。。

「笑太君。。。左手、動かしてみて?」
二度寝から起こしてくれた清寿が、俺の腕から逃れ
ながら心配そうな表情(かお)で云った。
「。。。左手?。。。!?動かねぇ」
「やっぱりね。。。」
大きく鋭い溜め息をつきながら、清寿が呆れたように
呟いた。
「腕枕したまま寝てたから放してもらおうと思って起こ
したのに、また同じ格好で寝ちゃうんだもん。完全に
痺れちゃってるんじゃない?」
優しく撫でてくれているようだが、清寿の手の温度も
感触も感じない。
まるで他人の腕が付いているみたいだ。
「清寿、責任取れよ」
「ええっ?!僕のせいになるの。。。?」
腕全体に生じたじれったいような痺れが徐々に強くな
り、指先まで血が行き渡りだしたのを感じる。
この痛み。。。これは紛れも無く現実だよな?
「。。。笑太君、何で笑ってんの?」


End.



“07遥”の
翌朝の話。
笑太は寝起きかなり悪い
らしいですし。。


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