―18風の吹くベランダで


「大丈夫か?」
「うん。もう平気。。。」
生暖かい、嵐の予感を孕んだ強風に呷られて、
さらさらと広がる髪の間から、血の気の失せた
顔が覗く。
「平気、って顔色じゃねぇな」
困ったように笑う唇も、赤いというより紫に近い。
「あは。。。やっぱりそう見える?」
眉根を寄せてへの字にして、情け無い表情で
微笑む顔を、髪が隠す。
「笑太君、ここに居て大丈夫なの?」
錆の浮いたベランダの手摺りに身体を預けて風
に吹かれていると、実際は決して細く無いのに
着痩せして見える肩が、頼りなげに見える。
「現場は羽沙希が仕切ってる」
ぎぃ。。。
風の音に混じって聞こえた違和感を覚える音。
「なら大丈夫か。僕が情けないから羽沙希君
がどんどんしっかり者になっちゃうね」
ごぉっ、と巻くように吹き上がった風で、声すら
も弱々しく聞こえた。
「あいつは最初からしっかりしてたからな」
「僕よりも笑太君よりもずっと、ね」
綺麗な弧を描く唇に、赤味が戻ってきていた。

清寿の処刑はしなやかで素早くて、まるで
疾風(かぜ)のようだ、と、思う。
初めて見た時の鮮烈な印象は今も残っていて、
未だに感心してしまうことがある。
特刑で唯一ワイヤーをいう武器を選んだから
には他人には分からないような苦労も努力も
しているだろうに、そんなことなど感じさせない
笑顔に、誰もが騙されている。
「そろそろ後始末終わる頃かな?」
へた〜っと手摺りにもたれながら呟く姿に失笑
が漏れる。
正義感に駆られて処刑を行う時の凛とした姿
とは別人の、本当の清寿がここに居る。
その激しいギャップに最初の頃は驚いたが、今
は慣れた。
どちらも紛れも無く清寿だ。
普段は静かなのに、何もかもを破壊し尽くす
ような力を秘めていて、吹き荒れた後はまた
何事も無かったかのように穏やかになる。。。

「風みたいだな」

顔にかかってくる髪を手で押さえ、不思議そう
にこちらを見ている清寿に微笑み返しながら
手摺りに手を掛けた途端、視界の中にあった
姿が前に傾いた。
ぎぃぃ。。。っ
「。。。っ?!」
「わっ!清寿っ!!」
反射的に腕を掴んで引き寄せると、姿勢を崩
した清寿がすとん、と、尻餅をついた。
今まで清寿が寄り掛かっていた手摺りは遥か
下方で地面に叩きつけられて、大袈裟なほど
に大きな破壊音を立てた。
完全に錆びて、芯まで腐っていたのだろう。
「びっくりした〜!」
全身で溜め息をついて、へた〜っ、と脱力した
清寿を見て、笑ってしまう。
「良かったな、ホントに風にならなくて」
「も〜。。。笑い事じゃないよ」
階下にある現場から慌てて飛んで来た羽沙希
が、大笑いしている俺と座り込んでいる清寿を
見て戸惑っている。
その表情が可笑しくて、笑いが止まらない。
こうやって仲間と一緒に居て笑っていられるのは
幸せなんだろうな、と、ふと思った。
「帰るか」
「うん」
「は、はい」

例え嵐の前の刹那の一時であったとしても。


―アシタヘカエル―



ちょっと長い?(汗
短い話は難しい。。
お互いを認め合ってこそ
仲間であり好敵手であり
恋人、ですよね。


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