―Tender Snow―


昼過ぎから降り出した冷たい雨は、
帰る頃には雪に変わっていた。

ぶるっと身体を震わせて、コートの襟を立てて1歩外に踏み
出そうとした式部に、後ろから声が掛かった。
「清寿、傘持ってないのか?」
そういう御子柴も寒そうに肩を竦めて両手をダウンジャケット
のポケットに突っ込んでいて、傘を持っている様子は無い。
「うん。置いてあったのもこの前差して帰っちゃったし」
えへへ、と笑って横に並んで立った御子柴を見上げた式部
の頭に、ぽんっと何かが乗せられた。
え?と思って触ってみると、それは今まで御子柴が被ってい
たニットキャップだった。
「似合うじゃん。それ、やるよ」
御子柴はにかっ、と笑って、雪が降る中に駆け出して行った。
その後ろ姿を見送って、式部は静かに笑みを漏らす。
「温かい。。。」
その時後ろからふわっと何かが首に掛けられて、式部は瞬時
に身体を強張らせて、勢いよく振り返った。
「僕はこれを」
そこには藤堂が微笑んでいて、式部の首に掛けたマフラーの
端を掴んでいた。
式部が呆気に取られている間にぺこっ、と一礼して、藤堂も
雪の中に消えて行った。
「ホント。。。あったかい」
ウールのマフラーに頬摺りしながら、そっと呟いてみる。
「お疲れさまです。。。もしかして傘無いんですか?」
上條も帰るところらしく、通りがかりに声を掛けてきた。
「うん。もう少し小降りにならないかなって思ったんだけど。。。
なりそうにないね」
上條はポケットの中から何かを取り出して、それを握り締めた
手を式部の顔の前に突き出した。
「これ、どうぞ」
戸惑っている式部の目の前にもう一度ぐいっと手が突き付け
られて、思わず揃えて差し出してしまった両手の上に、ぽんっ、
と、温かくなっている使い捨てのカイロが乗せられた。
「あ、ありがと」
照れたように目を逸らし、上條はそれきり振り返りもしないで
雪が降る中を去って行った。
その後ろ姿が見えなくなった頃、式部はぎゅっと目を瞑った。
特刑に入隊するまでずっと独りだったけど、今は独りじゃない
って本当に思ってしまっていいんだね。。。と、心の中で確認
しながら。
「あれ、副隊長。今帰り?」
今度は前から声がして、慌てて目を開ける。
寒そうに背中を丸めて外から戻ってきた柏原の腕にはコンビニ
の袋とファーストフードの袋が掛かっていた。
「お疲れさま。今日も帰れなさそうなの?」
心配そうに尋ねる式部に、柏原は唇を横に引き、両肩を竦
めて笑って見せた。
「多分今夜も泊りかなぁ。今ちょっと面倒なのを追っててさ。
。。。あ!そうだ。副隊長、口開けて」
手元の袋をガサガサさせながら、柏原がにやり、と笑う。
え?と思いつつもあ〜んと開けてみせた口に、ぽんっ、と何か
が放り込まれた。
「。。。!飴?」
反射的に閉じた口の中に、甘い味が広がった。
「そう。この前風邪ひいたばかりでしょ?それ、のど飴」
また風邪ひかないように気をつけてよ!と云いながら建物の中
に消えてゆく柏原の姿を、振り返ってずっと追ってしまった。
「だから。。。みんな僕を甘やかしすぎだって。。。」
泣き出しそうになって、でもそんな表情(かお)を誰にも見られた
くなくて俯いて、先刻よりも激しくなってきた雪の中に、式部は
勢いよく駆け出した。

どんっ!

「あっ!すみま。。。」
前から人が来たのは分かったが、避けきれずにぶつかってしまっ
て顔を上げたら、そこに立っていたのは御子柴だった。
「遅せーよ。今まで何してたんだぁ?」
傘を式部の上に差して、呆れたように云う。
「お前のことだから、玄関のとこで“小降りにならないかな”なんて
待ってたりしてたんだろ?」
言葉を失っている式部を、青い瞳が見下ろしていた。
「笑太君。。。なんでここに?」
「さっきタマから帰ってこれないって連絡来てさ。温かいモノでも
食わせてもらおうと思ってお前んちに行ったらまだ帰ってきてない
みたいだったから。迎えに来た」
青い目を細めて白い歯を覗かせて、にかっ、と御子柴が笑った。
「。。。う。。。っ」
式部の顔が歪んで、突然瞼の間から大粒の涙が溢れ出した。
「え!?なっ、なんだよ?どうした??」
御子柴はいきなり首にしがみ付いてきて激しく泣き出した式部
に動揺しながらも、しっかりと抱きとめた。
「全く。。。大の大人がわんわん泣くな」
泣きじゃくっている式部を、傘の中に隠す。
「どうしてみんな僕に優しくするの?」
御子柴の肩に顔を押し付けて、唐突に式部が訊いてきた。
「良かったじゃないか。みんなに愛されてて」
なだめるように背中を軽く叩きながら、御子柴が答える。
「愛されてる。。。?」
「嫌いなヤツに優しく出来る人間なんて居ないだろ」
そんな当たり前の言葉でも、誰にも愛されていないとずっと思っ
てきた式部には優しすぎて、疑った。
「そう。。。かな?」
「そうだって。俺だけがお前の味方って訳じゃないんだから」
御子柴は泣きじゃくる式部の顎に手を掛けて顔を上に向かせ
て、もう一度笑った。
「とりあえず帰るぞ。で、さ。何があったか教えて?」
「う。ごめん。訳分からないよね。。。いきなり泣いて、ごめん」
ぽろぽろと零れる涙を拭こうともしないで、式部は泣き顔のまま
謝った。
「ガキみてぇ。。。そんな顔してっと無敵の特刑副隊長にゃ絶対
に見えねぇな」
うなだれる式部を見て、御子柴がからからと笑う。
「詳しいことは分からねぇけど、みんなに優しくされたんなら嬉し
いんじゃねぇの?」
こくん、と式部が頷く。
「なら笑え。嬉しい時には笑うもんだろ」
御子柴は掬い上げるようなくちづけをして、また俯いてしまった
式部の顔を上に向かせた。
「な?幸せが逃げちゃうぞ」
そして、まだ涙が止まらない式部の手を引いて歩き出す。

雪は降り続いていて、止みそうにない。

式部ばかりに傘を差し掛けているので、御子柴の髪にも肩にも
細かい雪が積もっていた。
大きな背中が寒そうに丸まっているように見えて、式部は涙を
拭って歩を早めた。
「寒いな」
横に並んだ式部に気付いた御子柴は、その肩に腕を回して引
き寄せて、一緒に傘の下に入った。
「うん。でもね、僕はもう寒くないよ」
寄り添うように歩きながら、泣き過ぎて赤く腫れてしまった瞼に
微笑みを浮かべて、式部がぽつり、と呟いた。
御子柴は視線だけを横へ向けて、ふっ、と微かに笑い返した。


―The end―






P.S.
“大泣きする清寿の話”のリクエストに
お応えして。。の、第2弾。
みんなに泣かされてしまった清寿の話
です。。が。。
U様、いかがでしょうか?
予想範囲内。。だったかな?(汗


Back