―Catch a Nasty Cold *清寿→笑太編*


「ひゃっ!冷たい!」
うとうとと眠っていたら、突然おでこに冷たいものが押し当
てられて、咄嗟に全身を緊張させる。
「ただいま」
布団の中に思いっきり引っ込めた頭をおずおずと出して
見ると、真っ青な瞳が可笑しそうにこちらを見て云った。
「。。。おかえりなさい」
なんだ笑太君か。。。びっくりした。
人形狩りにでも不法侵入されたかと思って、心臓が止ま
っちゃいそうになるくらい驚いたじゃないか。。。
一日振りに聞いた自分の声はガラガラでヒドいことになっ
ていて、それにも驚いたけど。
「アイス買ってきたんだけど、食える?」
布団から出ていた頭の上を掴むようにがしがしと撫でられて、
もう一度首を竦める。
「俺が出掛けてからずっと眠ってた?」
「う。。。ん。笑太君がここに居るってことはもう夜なの?」
朝仕事に出掛けていく笑太君を見送ったのは覚えている。
けれどその後も今もなんだかぼんやりしていて。。。
まだ熱が下がってないみたいだ。
「朝から一度も起きなかったのか?」
「ううん。何度か目は覚めたんだけど、起きようとする度に
くらっときて、あ〜そうだ今日は風邪でお休みしたんだ〜
って思い出して。また横になるとすぐうとうとしちゃってた」
先刻からじいっ、と僕の顔を見詰めていた笑太君が、ぐっ、
と手を伸ばしてきて、指先で僕の目の縁を擦った。
「泣いてた?」
どくんっ、と、心臓が跳びあがる。
「え?。。。なんで?目、赤い?」
布団を被ったままゆっくりと身体を起こしながら、ゴシゴシと
目を擦ってみる。むず痒いような痛いような感じがするから、
本当に泣いてたんだ。。。と、自分でも驚く。
「バカ。もっと赤くなっちゃうだろ」
不意に手首を掴まれて、ぐいっと引かれて驚いた。
なんか今日は驚くことばっかりだ。。。と思ったら可笑しくな
って、えへへ、と、笑ってしまった。
「笑太君、手、冷た〜い。手袋してたんでしょ?外、そん
なに寒いんだ」
自分で僕の手首を掴んだクセに、笑太君が一瞬どきっと
したような表情(かお)をしたのも可笑しかった。
今日はワイヤーを仕込んでないから、驚いたのかな?
「お前が熱いんだよ。はい。これくらいなら食えるだろ?」
ぐるん、と手首が回されて、手の平のうえにアイスクリーム
のカップがちょこんと乗せられた。
このバニラアイス、自分が好きなやつ、だよね。
ふふ、と、笑みが漏れる。
「ありがと。いただきます」
冷たい冷たいアイスクリームは、荒れて痛む咽喉をつるん
と通り過ぎて、とても美味しかった。
今日一日何も食べていないので、ゆっくり口中で溶かすよ
うにアイス食べている間、笑太君は隣に座って缶ビールを
プシュッ!と開けて、ごくごく、と咽喉を鳴らして美味しそう
に呑んだ。
「ん?」
「ううん。なんでもないよ」
笑太君は空いている左手でするすると僕の髪を撫で続け
ている。無意識にやっているようで、それも可笑しい。
うふふ、と笑ってしまったら、何故か笑太君も安心したよう
な表情で笑った。
「美味しかった。ご馳走さま」
差し出された手に空になったカップを渡すと、ベッドから下
りてゴミ箱まで捨てに行ってくれた。
「もっと食えるんだったら何か作ろうか?」
キッチンの手前で振り返って、笑太君がそんなことを云う。
俺にだって料理ぐらい出来るさ!なんて表情(かお)をして。
その気持ちは嬉しいけど、食欲はまだ無い。
「ううん。要らない。もうお腹いっぱい」
首を左右に振ってみせると、笑太君はちょっとだけ残念そ
に僕の横に戻ってきた。
「もっとたべられそうなモノ、何か買ってくれば良かったな」
髪を撫でてくれながら、耳元で声を顰めるようにして囁く。
「抱き心地悪くなるから、痩せるなよ」
また、どくんっ、と、心臓が跳ねあがる。
「。。。ど〜せ僕は抱き心地悪いですよ〜だ。。。」
藍川隊長みたいにふわふわと柔らかそうな身体と違って僕
はやっぱり男の身体で。。。筋骨隆々にはならないように
気を付けてトレーニングはしているけれど、筋肉質で硬い
のには変わりない。
「バーカ。そういう話してるんじゃないって」
笑太君は口元で笑ってから、唇や口の中を舐め尽くすよう
な濃厚なキスをしてきた。もたれかかるように上半身が倒れ
掛かってきて、ベッドの上に押し倒される。
「うん、甘い。バニラの味」
上から見下ろす笑太君の満足そうな笑顔を見て、いつもの
ことながら、ちょっと呆れる。
「笑太君のべろ、苦かった。。。」
風邪で味覚はおかしくなっているけれど、甘いと苦いだけは
分かるんだ。
「アルコール消毒しといたから」
「ビールで??」
ホント、可笑しい。真顔で云うんだもん、ウケちゃうよ。
思わず声を出して笑ってしまった。
その口元を掬われるように、またキスをされてしまう。
咄嗟に力を入れて身体を押し返そうとしたけれど力では
敵わなくて、気持ちも良くなってきたから、がっしりとした首
に腕をかけてしまった。
「風邪感染っちゃうからダメだって」
「だからアルコール消毒しといたって」
「だから〜。。。ビールじゃ無理だってば」
「1日心配してたんだから、このくらい許せよ」
笑太君は風邪引くワケにはいかないでしょ!と、怒ろうと
思ったのに。。。云おうとした言葉を全部飲み込んだら、
涙が出てきてしまった。
「やっぱ泣いてたんだろ?」
本当はね、うとうとと眠っている間、夢を見て泣いていた
みたいで。。。
「変な夢ばっかり見るから、僕も心配してた」
「お前は心配ばっかしすぎなんだよ」
ぎゅっ、と身体を強く抱き寄せられて、縋りつくように抱き
締め返す。
「ただいま、清寿。帰ってきたよ」
僕の背中をゆっくりと、大きな手の平が撫でてくれる。
「笑太君、髪から硝煙と。。。血のニオイがする」
あと埃っぽい臭いと、黴っぽい臭い。
これは多分、今日行った現場の臭い。
「シャワー浴びてきたんだけどな。まだ臭う?」
「ううん。これ、笑太君のニオイ。ちゃんと任務を遂行して
きたぞっていう、特刑総隊長のニオイ」
頑張ってきたんだね、と、笑太君の頬に頬擦りする。
「おかえりなさい、笑太君。お疲れさま」
一瞬見せた照れたような嬉しそうな微笑みが、僕にとって
も一番嬉しい。宝物みたいな、笑顔。
「明日はちゃんと出勤するから、今日の任務の話、聞か
せてもらってもいい?」
抱き締められたまま枕の上に頭を乗せられて、腕の力が
弛められた。僕も首に回していた腕を下ろして、視線が
合ったので微笑んでみせる。
「今日の一件目はな、羽沙希が頑張ってくれてさ。。。」
僕の右横に座って、笑太君が話し出す。
その、窓に寄りかかった身体越しに、雪が降っているのが
見える。
冴えた冬の空にから舞い落ちてくる細かい雪が笑太君の
輪郭を縁取って、綺麗すぎて、すぅ〜っと溶けて消えて行
ってしまいそうで不安になって、自分の顔の近くにあった彼
の左手を強く握り締めてしまった。
笑太君は僕のことをちらっと見て微笑んで、今日の任務の
ことを話し続けている。
その声が心地良くて、ふわ〜っと、眠くなってきた。

いつまでこうやっていられるんだろう。。。
こうやって、一緒に、穏やかに、しあわせに。。。
不穏な予感はいつでもあって、それが僕に悪夢を見せる。

そのまま眠ってしまったようで、目が覚めたら朝だった。
咽喉は少し痛いけれど、高い熱は無さそうだから大丈夫。
まだ眠っている笑太君の頬に軽くキスをして、ベッドを抜け
出して浴室に向かった。


―The end―






P.S.
こちらは同じタイトルの話の
清寿目線の話、です。
全く同じシチュエーションで、
全く同じ台詞で、
視点だけが違う、という。
多分清寿は
頭の中でぐるぐる考えちゃうタイプかな?
と、思って、こんな感じに。
*笑太→清寿編*との違いが
ちゃんと書き分けられてるかが
心配。。(汗


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