―at Precious Day Aug.17―


ここ数日、清寿の機嫌がやたらといい。
何かこう。。。うきうきしている?そんな感じだ。
微笑みも3〜4割増。
普段からウソでもホントでも笑っていることが多いヤツだから、
任務中以外はほとんど笑顔、ってことになる。
「最近ずっとゴキゲンだな、清寿」
「え?そう??」
眩しいくらい綺麗な笑顔。
「なんかあんの?」
意味ありげな含み笑いが返される。
「うん。。。まぁね。個人的イベントって云うか、その。。。ね!」
個人的なイベントって何だよ?
何が“ね!”なんだか、皆目見当が付かない。
興味はあるけどそれは多分プライヴェートだから、あえてつっこ
まないことにした。上目遣いでちらちらこちらを見ているから、
本当は訊いて欲しいのかもしれないけれど。
でも、そう思って訊くと実は訊いて欲しくない事だったって場合
もありそうで、コイツは時々分かりづらい。
まぁ気まぐれなB型だしな。
「先に風呂、入んぞ」
「どうぞ。僕、後で入るから」
「一緒に入る?」
「やーだ。お先にどうぞ」
。。。フラレちまった。
俺の顔を見て、清寿は楽しそうに笑って云う。
「ゆっくり入ってきていいよ」
ああ分かったよ。じゃあ思いっきり長風呂してやる。

「ホントにゆっくり入ったね〜!お帰りなさい」
お帰りなさいって。。。でも確かに長く入りすぎたか。
風呂の中で考え事をしてたら、うっかりのぼせそうになって慌て
て出てきたところだ。
清寿がころころと笑いながら近付いてきて、俺の肩のあたりを、
犬みたいにふんふんと鼻を鳴らしながら嗅いだ。
鼻先がふわりと俺の裸の肌に触れて、鼓動が高まる。
「僕のバスソルト使ったでしょ?」
大きな瞳がすごく近くで俺を見上げ、髪の香りが立ち上る。
思わず抱き寄せようとしたら、するっと躱されてしまった。
「僕もお風呂入ってこよ〜っと」
また、意味ありげな含み笑い。
「笑太君、先に寝てちゃだめだよ。絶対に起きててね」
顔は笑っているけど、有無を云わせぬ命令口調。
綺麗な声で、すっ、と、頭の中に刷り込まれる。
「あ。。。ああ、了解」
俺の返事を聞いて、実に満足そうに微笑んだ。
「お前の飼い主はさ、何考えてるんだか分からねぇな」
バスルームに消えていった清寿のことを、水槽の中で優雅に
漂っているアロワナに愚痴る。
無機質な丸い目がこちらを見て、まるで返事をしたかのように、
口からこぽっと泡を吐いた。

清寿の風呂はホントに長かった。
気でも失っているんじゃないかと思って見に行ったら、怒られた。
「そっちだって長く入ったじゃない。僕もゆっくりさせてよ」
そうだけど。。。先に寝ちゃだめだっていうし、やる事無くてつま
らない。
手持ち無沙汰だったので、タバコに火を点ける。
全然吸わないハズの清寿の部屋に、ある日ふと気付いたら灰皿
が置いてあって「それ、笑太君用だからね」と云われた。
あの時の、嬉しいような照れ臭いような気持ちを思い出す。
清寿は時々そういう思い掛けないことをさり気なくやってのけて、
俺を驚かせたり喜ばせたりする。
今回も何か企みがあるような気がするんだけどな。。。何だろう?
最後の灰を灰皿に落としてタバコを揉み消して、わざと乱暴に、
どさっと音を立ててベッドに横たわる。

「あ、ちゃんと起きてた!エライエライ」
いつの間にか風呂から上がってきていた清寿が笑う。
俺の顔を身を屈めて覗きこんだので、上気した胸元がバスローブ
の襟口から見えた。
ちょっと赤面してしまう。
タオルで髪を拭きながら、寝転んでいる俺の隣に腰を下ろす。
湯上りでまだ少し湿っている髪が、青味を帯びて艶やかに光りな
がら、甘い香りを漂わせる。
冷静ではいられない。。。いられる自信が無い。
身体の奥で生じた衝動を抑えて、ゆっくりと上半身を起こす。
清寿の髪を幾筋か指で掬い上げ、それにキスしようとしたら逃げ
られてしまった。
他愛もない話が振られ、だらだらとお喋りする。
途中で耳朶に唇を寄せてみたり、肩に手を回そうとしたが、悉く
避けられてしまう。触れさせてももらえない。
段々意地になってくる。
俺の負けず嫌いの性格なんて分かってるんだろうに、清寿は余裕
の笑みで躱わし、どうでもいい話をし続けている。
なんでそんなに焦らしてんの?
こんなに露骨にお前を欲しがってみせてるのに。
もう日付が変わっちゃうだろ。。。

じりじりしてたら、突然、清寿のケータイがベッドの上でブルブル
震えた。
電話かと思ったらアラームだったようで、手を伸ばして止める。

「笑太君、誕生日おめでとう」

俺を見て、花が咲く瞬間みたいに微笑みが弾けた。
「。。。!」
唐突すぎて、すぐには反応出来なかった。
「忘れてたでしょ?自分の誕生日」
そう云えば朝の電話でタマがそんなことを云っていた様な。。。
その途端に今度は俺のケータイが震える。
仕事中のタマからメール。誕生日祝いの短いメッセージ。
「蓮井警視から?」
「うん。お誕生日おめでとう、だってさ」
清寿の目が細められる。
「うふふ。今年最初におめでとう、って云ったのは僕だね」
面食らっている俺の唇に、ちゅっ、と、啄ばむようなキス。
そして本当に本当に嬉しそうに笑う。
「今年は僕の勝ち。だよね?」
コイツも俺に負けず劣らず、すごい負けず嫌いだってこと忘れ
てたよ。。。
「勝ちとか負けとか、そういう話?」
「笑太君には関係ないかもしれないけれど、僕的には、ね」
これか、“個人的イベント”って。。。
「今一番欲しいものをプレゼントしてあげる。何が欲しい?」
俯いてくすくすっと笑ってから、真直ぐにこちらを見上げて云う。
この一言でやっと事態が把握出来た。
我ながら鈍すぎて、情けなくなる。
「笑太君、プレゼントはひとつだけだよ」
三日月みたいな綺麗な弧を描く唇の前に、人差し指が1本
立てて当てられる。
「ねぇ、何が欲しい?」
それがまるで“他のモノを欲しがっちゃだめだよ”とクギ刺されて
るみたいじゃないか。。。
「この状況じゃ、お前って云うしか無いんだろ?」
呆れた口調に、返されたのは少しだけ意地悪な笑み。
「他の物がいいの?」
「いや、お前がいい。式部清寿、お前が欲しい」
そんな勝ち誇ったような表情(かお)するなよ。
「。。。これ、作戦だろ?」
「ふふ。成功!でしょ?」
俺の完敗。またお前に堕とされてしまった。
頭を抱えるように、抱き寄せる。
「今夜一緒に居られて良かった」
耳元で、独り言のような呟きが聞こえた。
「お互い生きていて、おめでとうっ、て云えて、本当に良かった。。。」
清寿の言葉は吐息に溶け、俺の身体の奥に火を灯す。
もう一度、腕に力を籠めて強く抱き締める。
俺の肩に頭を乗せて、“自称プレゼント”は甘く甘く微笑んで
いた。


               ―The end―






P.S.
何はともあれ。。
Happy Birthday to 御子柴笑太♪


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