「羽沙希、ちょっとメガネ貸してみ」
本日の任務を終えてロッカールームで着替えていたら、御子柴
隊長に声を掛けられた。
まだ下について日が浅いので、この人の行動は読み切れない。
スゴく深く考えている時もあれば、何も考えていない時もあるみ
たいだ。付き合いの長い式部隊長でも時々読めない時がある
らしいから、僕にはまだまだ無理ってことだろう。
素直にメガネを顔から外して渡す。
それを器用そうな指が丁寧に受け取って、いろんな角度から眺
めた後、自然な動作で自分の顔に掛けた。
こちらに背を向けるようにして自分のロッカーの扉に付いた小さな
鏡を覗きこんでから、にやっと笑って返してきた。
「だめだ。俺フレーム無しって似合わねぇのな」
御子柴隊長がプライヴェートではメガネを掛けているのは以前見
たから知っている。太めのフレーム付きのメガネだった。
それは蓮井警視と一緒の時の変装用かと思っていたら、仕事の
時はコンタクトレンズを入れていると最近知った。
遠視に少し乱視が入っているらしい。
「笑太君は老眼だからね〜っ!」と式部隊長がからかうと、
「違うって云ってんだろ!」って本気で怒っていた。
式部隊長もコンタクトレンズを使っていて、僕は近視だからね!
と微笑んだ。だから、いつも少しだけ目が潤んでいるように見える
のかもしれない。
そんな事を思い出していたら、唐突にこう云われて面食らった。
「羽沙希、お前明日休め」


―Hydrangea Macrophylla―


「は?!」
この人の言動は本当に読めない。
「総隊長命令、な。有休扱いにしてやるから」
そして時々不安にさせられる。
不敵な笑みを浮かべる御子柴隊長の顔を見返している僕の顔は
相当マヌケだったんだろう。
御子柴隊長の後ろで式部隊長が、両肩を竦めて自分で自分を
抱きしめるようにして、口に握り拳を当てて笑いを噛み殺している。
「但し朝ちゃんと起きて出掛けられる格好はしとけよ」
式部隊長をちらっと見てからその姿を背中で隠すように立ちはだか
って、御子柴隊長が人差し指を突き出してきて云う。
「え。。。でも明日の任務は。。。?」
「いい。俺と清寿でやるから」
僕が入隊する前から任務遂行率100%で"伝説の第一部隊"と呼
ばれていた人達だ。
そう。。。
僕の力なんて微々たるもので、この2人には遥かに及ばない。
「大変そうだったら呼ぶから。ね、羽沙希君」
式部隊長が俯いてしまった僕を気遣うように云いながら、御子柴隊
長の横腹を肘で突付いた。
一瞬「んっ!」と身体をくの字に曲げてから姿勢を真っ直ぐに直して、
御子柴隊長はまた意味有り気に、にやり、と笑った。
「お前の"任務"は明朝にメールするから。ケータイだけはチェックして
おけよ。以上!」
バタン!とロッカーを閉めて、御子柴隊長が帰ってしまう。
「じゃあね、羽沙希君」
ひらひらと片手を振りながら僕に微笑み掛けて、式部隊長もロッカー
ルームを出て行ってしまった。
意味も分からないまま、ぽつん、と1人残されてしまって、溜め息を
つくしかなかった。

翌朝、早くに御子柴隊長から来たメールの内容は思いがけない
ものだった。
"30分以内に指定の場所へ行き、そこで待っている者と合流せよ"
添付されていた地図を見る。マーキングされているのは某セクターの
外れにある緑地帯の入口のようだ。
うちからそんなに遠くない所なので、徒歩で向かう。
今日も霧のような細かい雨が降っていた。
既に雨の季節に入ったから、ここ数日こんな天候が続いている。
いつも僕が濡れるとタオルを貸してくれたりする、心配性の式部隊
長が今日は近くに居ないので、普段はあまり差さない傘を差して
みる。
平日の、こんな朝早くに歩いているのは出勤する人達ばかりで、
なんとなく気分が落ち着かない。
"そこで待つ者"とは誰なんだろう?
不安を抱えつつ、指定の現場へ向かう。
そして、その場所に居たのは。。。第二部隊の久宝さんだった。
「あ。。。おはようございます」
驚いて言葉を失っていたら、彼女の方から声を掛けてきた。
ふわふわとした女の子っぽい私服姿にどきどきしてしまう。
「。。。おはようございます」
この時にケータイに着信。。。御子柴隊長からだった。
『今、紫陽花が見頃だそうだから、ちゃんと久宝をエスコートして
デートして来いよ』
「はぁ??」
『総隊長命令だからな。頑張れ!』
一方的に通話が切られた。無責任だなぁ。。。
気が付くと、隣に立った久宝さんが心配そうに僕の顔を見ていた。
「えっと。。。久宝さんは今日の事はどう聞いてますか?」
困ったような表情で、彼女は大きな瞬きを繰り返した。
「実は何にも聞いていないんです。昨日の帰りに突然藍川隊長
に、明日休んでここで待て、と云われただけで。。。」
「他の2人は?」
「多分、現場に行っているかと。。。」
ハメられた。。。!と分かっても、後の祭りだ。
多分、自分達以外は皆了承の上の企みだろう。
いつの間にこんな打ち合わせをしたのか?こういう所だけは素早
い人達だ。。。と、呆れてモノも云えない。
「今の電話のお相手は総隊長でしたか?」
「あ。。。はい」
「何か云ってました?」
不安そうな表情を見ていたら、本当の事を云うしかないな、と
思った。
「"今、紫陽花が見頃だから、ちゃんとデートして来い"と云われ
ました」
ぽっ、と久宝さんの頬が赤く染まる。僕の顔も真っ赤なハズだ。
しばらく俯いたまま、無言の時が過ぎる。
このままこうしていても仕方ない。口火を切ったのは僕だった。
「こうしてても何なんで、紫陽花を見に。。。少し歩きませんか?」
はい、と相手が頷くのを確かめてから、ゆっくりと緑地帯の中に向
かって歩き出した。数歩後ろを歩いてくる気配に気を配りながら。
そして同時に、僕達を追ってくる気配が他に無いかと探りながら。
先刻の御子柴隊長からの着信は、監視されているとしか思えな
いタイミングでかかってきた。非常にアヤシイ。
けれど追尾に関してはプロばかりなのでタチが悪い。。。
「あー!ホントに綺麗ですね〜!」
確かにそこには形も色も大きさも様々な紫陽花が咲き誇ってい
て、感動を覚える程の光景が広がっていた。
久宝さんがはしゃいで、花の傍に寄って行ってはじっと見て、それ
から僕の方を振り返っては微笑む。
最初はその無防備な仕草に戸惑っていたが、そのうち微笑ましく
なってきた。
「あ。やっと笑ってくれましたね」
満面の笑みでそう云われて、また戸惑う。
そんな僕の顔を見て彼女は改めてにっこりと微笑むと、すっ、と、
手を伸ばして僕の指を掴んできた。


「捕捉出来てる?」
式部が、柏原の背後からPCのディスプレィを覗きこむようにして
訊いてきた。
「OK、OK!完璧だよ」
柏原は振り返り、にっ、と口を横に広げて笑ってみせた。
「ちゃんと動きもトレース出来てる?」
「それも完璧!」
Vサインまでしてみせる。
「あ〜つまんねぇ!」
柏原の横で床に胡坐をかいていた御子柴が声を上げた。
「なんで〜?これ、一応諜報課で開発した最新機器なんだけど」
口を尖らせて、不満そうに柏原がブツブツ云う。
「薄さ数mmのシール型発信機だよ?スゴいでしょうに」
ここは諜報課第一斑のバンの中で、現場に向かって移動中。
でも柏原が追っているのは本日のターゲットでは無かった。
「テストしてみたかったから、今回の"作戦"は願ったり叶ったりだっ
たんだけどね。性能も計測出来るし」
ディスプレィ上の2つの光点が、地図上を移動していく。
その解析データが、画面の横に目まぐるしく表示されていた。
「羽沙希のはさメガネんとこに付けたけど、久宝のはどこに付いて
んの?」
ん〜。。。と唸りながら難しい表情をして、柏原は御子柴の疑問
に疑問で返した。
「“ないしょ♪”って藍川隊長に云われたけど。。。どこだと思う?」
2人の横で、式部が思いっきり吹き出して腹を抱えて笑う。
「藍川隊長らしぃ〜!どこに付けたんだろ?」
結局誰にも想像が付かなくて、考えるのを止めた。
「いいなぁ、羽沙希君。。。きっと紫陽花、綺麗だよね」
紫陽花色の瞳を細めながら、式部が呟いた。
「。。。俺ら、見逃しちゃったからな」
申し訳なさそうに云う御子柴を見て、式部がふわっと微笑む。
「いいよ、また来年咲くし。それより今日は羽沙希君のデートの方
が心配で落ち着かないよ」
「ああ、そうだ!おい、イガグリ部隊!」
その言葉を聞いて、御子柴が思い出したように云いだした。
「次はシール型の集音マイクとか監視カメラとかを開発してくれよ」
柏原が失笑で返す。
「え〜!でもそれって笑太君が羽沙希君のデート覗き見したいから
でしょ?」
「だって想像つかなくねぇ?どんな話するのかとかさ」
呆れたように式部が笑い、照れたように頭を掻きながら御子柴が
笑った。
「現場に到着しました」
バンが停車し、運転席から声が掛かると同時に、2人の表情が
引き締まり、特刑隊員の顔になった。

2人が任務を遂行している間も、2つの光点はゆっくりと、画面の
中を寄り添って移動していた。


―The end―







P.S.
紫陽花の話第2弾は
羽沙希君と綾寧ちゃんの話。
タイトルは“ガクアジサイ”の学名から。
これが日本原産種で、
現在良く見るお花いっぱいの紫陽花は
これを改良した品種セイヨウアジサイ。
そんな事は知らなくても、ガクアジサイの方が好き。
故にこんなタイトルになりました(^-^;

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