―Day In and Day Out―


いつもなら、コーヒーの香りで目が覚める。

なのに今朝は何の香りもしなかったので、少し寝坊してしまった。
静かに雨が降る朝で、いつまで経っても明るくならなかったのも
原因かもしれないが、一番の要因は、いつも俺より先に起きる
清寿が起きていなかったせいだと思う。
覚醒して、ぼんやりと枕元の目覚まし時計が指している時間を
見て一瞬飛び上がりそうになったけれど、今日は日曜で、非番
だとすぐに気付いたので、少しドキッ、としたくらいで済んだ。
背中合わせで横になっている清寿に、注意を向ける。
寝息が聞こえないところをみると、起きているらしい。
「清寿?」
上半身を起こしながら、声を掛ける。
ごそごそっと、丸まっていた身体が少しだけ動いた。
「おはよ、笑太君」
顔だけが上を向きそう答えると、またすぐ横を向いてしまった。
そして、ふぅ。。。と、小さく息を吐き出した。
「どうした?身体の調子でも悪い?」
毛布から少しだけ覗いている額に触れようと、手を伸ばす。
その手が触れるか触れないかの時に毛布が引き上げられて、
清寿の頭が完全に潜ってしまった。
「?」
今度は身体を伸ばし上から覗きこもうとしたら、顔が下を向き、
ベッドに伏せられてしまった。
長い髪がシーツの上で、捻られたようにうねる。
ムキになって、毛布を捲ろうと引っ張る。
清寿も意地になっているように、身体全体で毛布を捲られまいと
押さえている。
しばらくの間、この空しい戦いは続いた。

負けたのは、俺だった。
「なぁ、どうしたんだよ?」
毛布に潜ったままで、返事はない。だからなんだかスッキリしない。
清寿は体調や精神の調子を崩しても、ヒトには云わずに耐えて
しまう。
どんなにツラくても笑顔。
どんなに苦しくても笑顔。。。

「ママとパパを目の前で殺されたあの夜よりもツラい事なんて無い
から。。。何をどうツラいって云ったらいいか分かりません」
まだ清寿が入隊したばかりで、第一に配属されて間もない頃、
本当に体調が悪かったのに無理して出勤してきて倒れた時に
説教したら、そんな言葉を返された。
布団の端から見える紫色の大きな瞳には涙がいっぱい溜まって
いて、全身が小刻みに震えていた。
可哀相になって、頭をぽんぽん!と叩くように撫でただけで、もう
それ以上叱るのは止めた。
それからずっと、お前が無理してないか?無茶苦茶してないか?
そんな事を気にして見守ってきた。

「。。。」
小さな声で清寿が何か答えたようだった。
「え?!聞こえないよ」
体重を掛けないようにして清寿の形に盛り上がっている毛布の上
に覆い被さるようにして、口元近くに耳を寄せた。
「もう1回云って」
哀願するように囁く。
すると毛布が少し下げられて、端から清寿の目だけが覗いた。
「なぁ、体調悪いんだろ?」
その次の反応は予想外だった。
「もう〜笑太君、お子ちゃまじゃないんだから〜っ!」
清寿は思いっきり吹き出して、身体を震わせて笑い出した。
「布団引っ張り合って、どうすんの?」
俺もつられて思わず笑ってしまった。
全くだ。我ながら子供っぽすぎて情けなくなる。
しばらく2人して笑い転げて、笑いの波が去ってお互いの唇から
吐息が漏れた頃。。。
「こんな時間までごろごろしてるなんて、お前、体調悪いんじゃない
の?」
ベッドに横になったまま顔を向かい合わせて、清寿の顔色を診なが
ら改めて訊いてみる。
「う。。。んとねぇ。。。確かに体調は良くないかも」
言葉を濁す清寿の語尾が、窓を打つ雨音に消される。
「誰かさんのおかげで、腰がだるくって。。。」
ぺろんっと真っ赤な舌を口から覗かせて、照れ臭そうに清寿が笑う。
「う。。。」
言葉を失った。
それって俺のせいだよな。。。?
昨日は任務でイラつく事があって、気が立ったままここに来て、食事
もそこそこに何度も何度も清寿の身体を求めて。。。
その度に清寿も応えてくれて、俺の気が落ち着くまで何回も、拒む
ことなく俺を受け入れてくれた。
最後には腰が立たなくなるまで。。。
「だからね、今あまり身体に触られたくないんだ。。。分かって」
ねだるような上目遣いで、可愛い声で、清寿が云う。
その目、その声、有罪だろ?
俺の身体の中心で、欲情が疼き出している。
「イヤだって云っても良かったのに。。。」
今だからこう云えるけど、昨晩は多分イヤだと云われてもやめなかっ
たかもしれない。。。と、そう思いながら口に出す。
「イヤじゃなかったから。。。」
紫色の瞳が、あの日のように、泣き出しそうに潤んでいる。
「笑太君のイラ立ちが伝わってきて、僕で何とか出来るならどうにか
してあげたいって、そう思ったから」
会話が途切れ、誘うように目を閉じた清寿に、身体には触れない
ように首だけ伸ばし、ふわっと、溶けるようなキスをした。

雨音が、強くなってきた。
外は本降りのようだ。

「あ〜あ。。。今日は紫陽花、観に行きたかったのに。。。」
枕元の大きな窓から見える灰色の雲と雨粒を睨んで清寿が云った。
「紫陽花?」
「そう。今ね、沢山咲いてる所があるんだって佐伯さんが教えてくれて」
佐伯?ああ、第二の。確か清寿と養成所同期生だったっけ。
「すごく綺麗らしいよ。だから笑太君と観に行きたかったんだけど。。。
今が見頃らしいから、今年はもう無理だね」
俺の肩越しに、テーブルの上の花瓶に挿された紫陽花に視線を遣りな
がら、清寿が残念そうに溜息をつく。
「今日はこの降りだしさ、一日ベッドでごろごろ過ごす休日ってのもいい
んじゃねぇの?」
「そうだった!笑太君って意外とインドア派なんだよね〜っ」
清寿がまた吹き出しそうになるのを耐えて、涙目になっている。
俺が不愉快そうな表情(かお)をしたのを見て、その顔に優しい微笑み
が浮かぶ。
「なんかね、寝てるの飽きちゃった」
「まだだるいんだろ?」
うん、と、頷きながらも、手が毛布から出てきて、俺の手を探り当てて、
指が指に絡められてきた。
「触っていいの?」
「手ぐらいなら」
悪戯を咎められた子供のようにおずおずと云う俺の顔を見ながら、
無邪気に清寿が笑う。
「手だけじゃガマン出来なくなったらどうしたらいい?」
清寿が真顔になって答える。
「それ以上はダメだよ。今日はホントにキツいから」
じゃあ、今度からはちゃんと手加減するよ。。。
声に出すと絶対に笑われそうだと思ったので、心の中で云ってみる。
「笑太君、今度からはちゃんと手加減してね」
同じことを考えていたようだ。
顔を見合わせて、2人して思いっきり笑う。

「よし!コーヒー淹れてやるよ」
繋いでいた指を解き、ベッドから抜け出してキッチンへ行く。
清寿の目がまんまるになって、俺の方を見た。
そして、微笑む。
「初めてだね、笑太君がコーヒー淹れてくれるの」
ヤカンでお湯を沸かし、いつも清寿がしてくれるようにペーパードリップで
コーヒーを淹れる。
芳ばしい香りが部屋に満ちる。
やっぱりこの香りがしないと朝って気がしない。
もう昼近くになっていたけれど、俺達にとってはやっと“朝”。
「はい。起き上がれる?」
マグカップにコーヒーを注ぎ、ベッドまで持っていく。
腰を労るような動作で身体を起こし、ゆったりと微笑んで、清寿はそれ
を大切そうに受け取った。
その身体を、毛布でしっかり包んでやる。
「いただきます」
清寿がコーヒーを一口啜って、驚いたような声を上げた。
「あ、美味しい!やればデキるんだね」
「。。。特刑総隊長を侮るなよ」
清寿が、俺の真剣な顔を見てまた吹き出した。
俺も一緒になって爆笑する。

「キスまでは許してあげるから」
嬉しそうに清寿が笑う。
「今日はゆっくりお喋りしながら、だらだら過ごそう?」
空いたマグカップをベッドの上に直に置いて、膝を抱えるように座って、
揃えた膝の上に頭を乗せて、清寿が云う
艶やかな髪がサラサラと、肩から膝に流れ落ちる。
「誘うなよ」
「誘ってないってば〜!」
また笑い合う。
久しぶりに、こうやってじゃれ合うだけっていうの悪くない。

止むことなく降り続ける雨音を聞きながら。。。
テーブルの上に置かれた清寿の瞳と同じ色の紫陽花の花を見ながら、
雨の季節っていうのも嫌いじゃないな。。。なんて思ってみた。


―The end―






P.S.
そろそろ梅雨入り。。
(これ書いてるのは6月中旬)
あちこちで紫陽花が咲き誇っています。
それがあまりに美しかったので、
紫陽花が出てくる話もいいな。。と、
まぁ、そんな感じで。。
可愛い話が書きたかったんです(^.^;;


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