―Sakura Petals are Falling Like Snowflakes―


「わぁ〜綺麗だね〜」
式部が歓声を上げた。
その横で、御子柴と藤堂は言葉も無く、ただその景色に見入っていた。


「今夜って何か用事入ってる?」
本日最後の任務を終えて、本部へ戻る途中で式部が聞いてきた。
「いや。別に無いけど」
「羽沙希君は?」
「僕も別に」
「じゃ仕事が終わったら付き合って。どうしても2人を連れて行きたい所があるんだ」
式部は時々、こんな風に唐突な提案をすることがある。
そしてこんな時は、言い出したら決して引かない。
「どこへだよ?」
面倒臭そうに云う御子柴に、式部は柔らかな笑顔を返す。
「そんなに遠くないから」
そして興味なさそうな、無表情のままの藤堂にも笑みを向ける。
「今だから行きたいところなんだ」
"今だから"という言葉に引っ掛かりを感じたが、御子柴はあえて突っ込んで聞こう
とはしなかった。
更衣室に着いた途端にさっさと着替えだした式部の背中が、それ以上の質問は
受け付けないよ!という気配を漂わせていたからだ。
私服になって、街へ出る。
目的地までの道のりを、式部に導かれて無言のまま歩いた。

車通りも人通りも少ない静かな道には夜闇が満ちて。
その道の両脇に絶対的な存在感で、でも儚げな風情で浮かび上がる桜並木。
それは疎らに設置された街灯の仄かな灯りの中、炎のように咲き誇っていた。
盛りを過ぎた花々からは、淡い桃色の花弁が地上に降り注いでいた。
まるで激しく弾ける火の粉のように。。。


「丁度今頃が見頃だと思ったんだけど。。。ちょっと遅かったかな?」
式部が振り返り、にこっとしながら2人に云った。
「でも、ね。たまにはこういう綺麗なものも見ないと」
その直後、式部の目が大きく見開かれた。
「羽沙希君!どうしたの??」
「え?あ。。。」
そう云われて初めて、藤堂は自分の頬を伝い落ちる涙に気がついた。
胸に込み上げてきたモノが何かは藤堂にも分からなかった。

――― ただ美しい。。。こんな風に感じるのなんて何年ぶりだろう?

藤堂の大きな緑色の瞳からは後から後から涙が流れ落ちていた。
涙を拭いてやろうとハンカチを取り出した式部の手を掴んでそれを制し、御子柴は
藤堂にさらっと云った。
「俺らはそこら辺見て歩いてるから、気が済んだら追ってこい」
そして藤堂に背を向けて式部の手首を掴んだまま、桜の道を歩き出した。
「え?!ちょっと待ってよ笑太君〜」
心配そうに振り返った式部の視界の中で、藤堂は一度深く礼をして、また桜を見
上げて声も無く涙を流し続けていた。
しばらくそのまま進んで藤堂の姿が木の陰になって見えない所まで来た時になって、
御子柴はようやく式部の手首から手を離した。
「アイツには抱えてるものも抑えているものもいっぱいあるんだろうから、
しばらく1人にしておいてやれ」
後ろを振り返りもせずにぼそっと云った御子柴の背中に、こそっと式部は囁いた。
「笑太君のそういうとこ、僕は好きだよ」
離された手の行き先を追って、式部は御子柴の肘の辺りを軽く掴んだ。
その自然な動作と好きだという言葉に御子柴の鼓動が早くなる。
斜め後ろを振り返るとそこには式部が居て、ふわり、と優しく微笑んでいた。
桜の花の舞い散る中、
そのキレイな顔と微笑みに、御子柴は見惚れてしまった。
光に透かすと青く見える艶やかな黒髪に、桜の花びらが何枚か付いていた。
そのうちの顔の横に付いていたのを取ってやりながら、その唇に軽く触れてみた。
式部の瞳が御子柴の視線を捉え、花が綻ぶような笑みを浮かべる。
「ありがと」
長い睫が一度伏せられて、再び開かれた紫の瞳に御子柴は囚われた。
――― いつの間に俺はコイツにこんなに惚れてしまったんだろう。。。
衝動が、理性の枷を外しそうになる。

――― この関係はフェアじゃない。
      オトしたとかオチたとか、そんなこと今まで考えたこともなかったけれど、
      始まる前から一方的に俺の負けだった。。。

「どうしたの?笑太君」
その声で、御子柴は我に返った。
ぐいっと肘を引かれて振り返ると、式部が不思議そうな表情(かお)で御子柴の顔を
覗きこんできた。
無意識のままに式部に背を向けて、歩き出そうとしていたらしい。
「思いつめたような表情(かお)してたよ?何考えてたの?」
心配そうに尋ねる式部に、ふと本音を漏らす。
「今ここでしたい、かな」
「何を?」
式部の口調はあくまで無邪気で、本当は分かっているクセに、と、少しイラつく。
ふわ。
そんな御子柴の心を見透かしたように、必殺の微笑みが返される。
計算なのか天然なのか分からず、御子柴は不安になった。
ふいに風が強く吹いて、目が開けていられなくなる。
空から降ってきた花びらと地上から舞い上がった花びらとで、視界が霞んだ。
咄嗟に式部は指を伸ばし、御子柴の指に絡ませた。
その指先に籠められた、思いがけないほど強い力に御子柴は驚いた。
「ここはキケンだね。。。
綺麗すぎて普段心の中に秘めているものまで晒してしまいそうになる」
憂いを含んだ眼差しで、式部は御子柴を真直ぐ見た。
「形になって見えなくても言葉にしなくても繋がっているから大丈夫。信じて、笑太君」
式部の言葉が御子柴の胸にことり、と落ちた。

風が止んだ。
2人の間にひらひらと、花びら達が落ちてゆく。
目を奪われるほどに美しく、息を潜めるほどに静かな景色の中、御子柴はいつもの
冷静さを取り戻していた。
自然に軽くくちづけを交わした後、繋いでいた指と指を解いた。

「飯でも食いに行くか」
「そうだね。ちょっと寒くなっちゃった」
藤堂はそのままの場所に居たが、もう泣いてはいなかった。
そして戻ってきた2人を見ると、すこしスッキリした表情(かお)で、すみませんでした、と
頭を下げた。
「じゃ、ご飯食べに行こうね!」
式部はにこにこしながら右手で戸惑っている藤堂の手を掴み、左手で御子柴の手首
を掴んで歩き出した。
「ね。来て良かったでしょ?」
されるがままに手を引かれて歩きながら、藤堂はこくんと頷いた。
御子柴は嬉しそうな式部の横顔を見て軽く1回溜息をついてから、そっと笑顔を返し
てみた。


               ― The end ―






P.S.
タイトルの意は“桜吹雪”。
正式にはSakuraではなくCherryなんですが、
やっぱり“桜”じゃないと!と変更。
作者は自他共に認める桜好き。
開花予想が出ると落ち着きません。
こんな話まで書いてしまうくらい浮かれていたり(笑
こういうプラトニックな話が書いていて一番楽しいかな。


Back