―Unequaled Sorrow―


――― お前を喪ったあの時から、自分の中には"怒り"しかない。


「笑ちゃん!笑ちゃんってばっ!」
激しく身体を揺さぶる振動と蓮井の声で、御子柴は覚醒した。
悪夢を見続けて目覚めた朝は、頭も身体も重くてサイアクだった。
汗まみれだったのでシャワーを浴びてから食卓についた御子柴は、最初に
一口コーヒーを啜った。
コーヒーメーカーで淹れたそれは、苦いだけで香りが飛んでいた。
いつもはハイテンションで喋りかけてくる蓮井も、同居人のあまりの機嫌の
悪さに、今日ばかりは言葉少なめだった。


「笑太君どうしたの?眠れなかったの?」
立ち止まり振り返った御子柴の長く伸びた前髪を、白い手袋をはめた指
が掻き上げた。
「ほら、目、真っ赤だよ」
煩わしそうに頭を振って、その指を振り払う。
「ご機嫌悪いね?」
こんな時には、心配そうにこちらの顔を覗き込む式部の顔さえウザったい。
「夢見が悪くてさ」
「笑太君、悪夢見てること多そうだもんね」
式部がほわっと微笑みながら、さらっと云った。
「なんでそんなこと分かるんだ?」
「だって寝てる時、うなされてること多いから」
しれっと云った式部を、御子柴は軽く睨みつける。
藤堂は自分には無関係だというような表情で、式部の向こうに立っている。
「そんなことより笑太君!早く着替えてきて」
え?と思ってみれば、御子柴以外は白の制服を着ている。
「あれ?今日はすぐ現場、じゃなかったっけ?」
はあぁ。。。と、式部が聞こえよがしに溜息をつく。
「今朝連絡したでしょ?今日はもう一件増えたから、出勤したらまず三上
部長のところに説明聞きに行くよ、って」
なんとなく心当たりがあった御子柴は、渋々とロッカールームへと向かった。


普通任務の説明を聞く時は、その部隊の隊長だけが部長室に呼ばれる。
しかし第一部隊だけは全員で行く。
藤堂以外、式部も隊長クラスであるし、第一だけは独自で事件を捜査す
ることを許可されているからだ。
いつもと同じように、しかつめらしい表情を浮かべた三上の前で、五十嵐が
饒舌に今日担当する事件を説明する。
御子柴が集中力を欠いているのを、三上だけが見抜いていた。
一通り任務についての説明が終わり、部長室を辞する時になって、三上は
御子柴を呼び止めた。
ドアに向かっていた御子柴は、身体の向きを180°変えて足を止めた。
その無表情な顔を、式部が不安そうに見上げる。
「先に行ってろ。すぐ追いつく」
うん、と頷いて、式部と藤堂は部屋から出て行った。
「御子柴、お前、ちゃんと説明聞いてなかったようだな?何かあったか?」
無言でいる事が答えになっていた。
ふーっ、と、太い息を吐き、三上は呆れたような笑みを零した。
こういう時の御子柴は、何を云っても絶対に口を開かないということを知って
いたからだ。
「何があった?」
五十嵐が横から口を出した。
「。。。夢を。。。」
ぼそっと御子柴が呟いた。
三上の目が意外そうに、少しだけ見開かれた。
「朝までずっと"アイツ"の夢を。。。見ていたんだ」

激しく散る桜の花びらが、視界を白く霞ませる。
その先に居る桜澤が、金色に光るデザートイーグルをこちらに向かって構えて
いる。
口の端に、薄い笑みを浮かべながら。。。
その長い睫に囲まれた虚ろな瞳には何も映っていない。
現実すらも映っていない。。。

三上に名を呼ばれて、御子柴は我に返った。
「任務に集中しろ、御子柴」
冷たく云い放った三上の表情の無い顔を、御子柴はきつく睨みつけた。
「三上さんはアイツのことを思い出すことなんてないんだろ?」
血が出そうな程に噛締められた唇から、尖った言葉が投げつけられる。
「俺にアイツを処刑しろ、って命令したアンタにとっちゃ。。。もうアイツの事
なんて過去の汚点くらいにしか思ってないんだろう?」
怒りを迸らせている御子柴の顔をちらっと見てから、三上は視線を逸らせた。
「そうだな。。。」
その短い答えが、御子柴の感情を逆撫でした。
もう話すことは無い、というように勢いよく踵を返し、御子柴は出て行って
しまった。
叩きつけられるように閉じられたドアを、三上はしばらく眺めていた。
「御子柴、誤解したぞ。いいのか?」
五十嵐が三上に声を掛ける。
立場は違うが、この2人は特刑部が発足した時からの盟友だ。
「別にいい」
短く答えた三上の視線の先には、窓の外に広がる東都の景色があった。
その表情の無い横顔を見て、五十嵐は口元を歪めて太い息を吐いた。
「本当は心配で、気になって仕方無いクセに」
ん?と、驚いたような表情で、三上は五十嵐の方を振り返った。
「アイツに頼まれたんだろう?御子柴のこと」
三上はまた、視線を窓の外に移した。
「御子柴には怒りを発散させる対象が必要なんだ。それが死刑囚であれ、
私であれ。。。誰でもいいからそういう存在が要る」
独白のように、三上は云い続けた。
「そうしないと"あいつ"の様に壊れてしまうだろうから。。。御子柴にはそう
なって欲しくない」
三上の無表情な顔とは裏腹な、自分で自分を傷付けているような言葉
から、五十嵐は思わず顔を背けた。
「私は"あいつ"の支えにも、力にもなれなかった。だからあれから。。。
桜澤を喪ったあの日から、ずっと罰を受け続けているんだ」
御子柴の精神と身体が負ってしまった深い傷の痛みを、受け止め続ける
という罰を。
「桜澤は最期まで、御子柴のことを心配していた」

あんなんで大丈夫かなぁ?生きてけるのかな〜っ?って思うんだよ。。。

三上の記憶には、その時の桜澤の声も、表情も、全て再生出来るほど
深く刻まれていた。

「五十嵐君。私の中には我々の正義を全うする、という希望しかない。
その為には御子柴が必要なんだ。だから喪う訳にはいかない」
五十嵐の顔には、皮肉っぽい笑みが浮かんでいた。
「三上さん、あんたは不器用なままなんだね」


東都の空には、急速に雨雲が広がってきていた。
まもなく雨が降り出すだろう。
夕方にはびしょ濡れになりながらも、任務を完遂した、と、第一の3人が
報告しにくるだろう。


自分の中にはもう悲しみは無く、怒りしか残っていない。
窓を叩くように降り出した激しい雨が、まるで代わりに泣いてくれているか
のようだ。。。

三上は目を閉じて、雨音だけを聞いていた。


―The end―






P.S.
この三上と桜澤の話は大分前から温めてまして。。
やっと機が熟した、と云うか、形になりました。
本編の方ではなかなか桜澤の話が出て来ないので、
いいのかなぁ。。と、思いつつ。
もう一編、三上さん絡みの話があるんですが、
そっちは<Affair of DOLLS>の方へ。。(汗


Back