―Trust to Fate―


「ホントにごめん!羽沙希君、一人で大丈夫だよね?」
「はい」
申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる式部に、藤堂はそう答えた。
今回のターゲットは説明を聞く限り、大した事ない相手だと思われた。
「ったく。。今日は何なんだぁ?」
五十嵐は皆に聞こえるくらい大きな溜息をついたながら、その場に姿を現さない
御子柴に対して不満気に云った。
「すみません。多分今日はダメだと思うんです。。。」
式部は表情を曇らせて、言葉を濁した。
朝からずっと、いつになく歯切れが悪い。
藤堂はそれを体調でも悪いのかな?と思って見ていたが、もっと深いワケがありそう
だと、ここで初めて気付いた。
「今日は"あの人"の命日なので。。。」
式部のその言葉に、一瞬でその場の空気が凍りついた。
いつもなら他人には顔色を読ませない三上ですら、一瞬動揺した表情を浮かべた
のを藤堂は見逃さなかった。
その場の雰囲気を察して、
「ちょっと様子を見てきます。多分地下に居るかなと思うんで」
式部は一礼すると踵を返し、足早に部長室を出て行った。
ふぅ。。。
「そうか。今日だったか。忘れていたよ」
深い溜息をついた後三上が、暗い口調で呟いた。
「気が付きませんでしたね。。。今まで毎年有給取って休んでいましたから」
五十嵐もまた、鎮痛な面持ちで答えた。
柏原は云うべき言葉も無い、というように俯いた。
「命日。。。」
藤堂の口から思わずそんな言葉が漏れた。
――― と云うことは御子柴隊長が"あの人"を処刑した日か。。
そう思い当たったからだ。
そこでハッと3人はその存在に気付き、しまった!という表情をして、その言葉が発
せられた方を一斉に見た。
その視線に耐えかねて、
「ご心配なく。あの事件(タブー)の事でしたら大体聞いていますから」
藤堂はいつもの無表情のまま、抑揚のない口調で云った。
その冷静な反応に、3人はまた驚いた。
「いつ?誰から聞いた??」
焦ったように五十嵐が藤堂を問い詰める。
「前のGHのテロ事件の時に、式部隊長から」
ほっ、と、五十嵐はあからさまに安堵の溜息をついて、
「なら正確だろう。中には上條みたいに曲解してるヤツもいるけど」
安心したように、でも痛々しそうにそう云った。
「。。。理解っているつもりです」
藤堂はそれだけ云って、それきり口を噤んでしまった。
「副隊長も苦労するなぁ。。」
五十嵐のボヤキは止まらなかった。
「でもいいのか、あいつらはもうああだから」
そう言葉に出してしまってから、我に返ったように口元を押さえ藤堂を見た。
「"ああだから"?」
藤堂は何気ない感じで聞き返した。
「いや何。。えっと。。」
五十嵐が視線を上に泳がせて、必死に誤魔化そうとしているのは明白だった。
柏原は露骨にも〜っ!という表情をして、横目で五十嵐を睨んでから
大きな溜息を吐いて頭を左右に振った。
「。。。もしかして、藤堂、まだ気付いてない。。。?」
「とりあえず!藤堂、悪いが一人で任務を果たしてきてくれ」
五十嵐のその言葉を遮るようにして、三上はいつもの顔、いつもの口調に戻って
云った。
「はい」
敬礼して踵を返し、藤堂は部長室を出た。
ドアを閉める間際に、部屋に残った人達がほっと力が抜けたような表情をしたのが
見えた。
――― 気付いてないって。。何のことだろう?
心当たりが無いワケでは無いんだけど。。
しばらくぼんやりと考え事をしてしまった後はっと我に返り、藤堂は頭を強く振って
深呼吸してから現場へと急いだ。


「俺も行くよ」
御子柴は充分に手入れされたデザートイーグルを目を細めてすうっと撫でた後、
腰につけたホルターに仕舞った。
「でも。あのターゲットは羽沙希君だけで大丈夫だと思うよ」
イスに座った御子柴の斜め後ろに立って、式部はその様子を見守っていた。
御子柴の横顔は人形のように無表情で、見ているだけで式部の心が痛んだ。
「それに今日はもう。。。休んでもいいよ、笑太君。僕達で頑張るから」
ふっ。
顔を逸らすようにしてこちらを振り返った御子柴の口元には、ひどく皮肉っぽい
笑いが浮かんでいた。
「なんか今年は家に居たくなかったんだ」
傷ついたような顔でそう云う御子柴に掛ける言葉が無くて、
式部はぎゅっ!と頭を抱きしめてしまいそうになったが、他人の目があったので耐えた。
「うちに居てもいいよ?」。
「う。。。ん。いや。羽沙希のサポートに行く」
御子柴はゆっくりと立ち上がり、制服の裾を直しながらそう答えた。
動きにキレがなく、怠そうにすら見える。
「お前居ないのにお前のうちに行っても仕方ないし」
「そうだよね。。でも!」
何?と云うように、御子柴は式部を見下ろした。
「笑太君、そんな状態じゃサポートは無理だって。見てる方がツラいよ!」
ぎろっ!と冷たい視線で御子柴は式部を睨んだ。
睨まれた式部は怒らせた!と思って、びくっと肩と首を竦めた。
しかし、その後の御子柴の行動は予想外だった。
「!?どうしたの?笑太君っ??」
御子柴は片腕を式部の首に、もう片腕を腰に回して抱きついてきた。
ぎゅーっと。かなり強い力で、
「もう!他人(ひと)が見てるよ!」
小声で云いながら身体を離そうと抵抗する式部の耳元で御子柴は、付き合いの長い
式部でも初めて聞くような、哀願するような声で囁いた。
「ちょっとだけ。。。ちょっとだけこうしていさせてくれ。。。」
御子柴は額を、式部の肩に擦り付けるように押し当てた。
式部は身体の力を抜き、しょうがないなぁ。。。という感じで、御子柴の背中をポンポン
と、子供をあやす様に軽く叩き続けた。
周りがフリーズしているのにも構わず、2人はしばらくそのままでいた。


「総隊長と副隊長、射撃場で抱き合ってたって」
五十嵐のデスクのところまで来て、柏原は呆れたように報告した。
「全くも〜!特刑諜報課重要機密事項の中でもイチバンのトップシークレットだっつ〜のに!
俺らの努力って何なのっ?!ってカンジ」
ぷりぷりしている柏原に対して、五十嵐は冷静だった。
「日が日だけに多目に見てやれよ」
そこまで云ってから五十嵐は、柏原から視線を外してしみじみと呟いた。
「それにもう御子柴は隠す気なんて無いだろ〜なぁ。。そもそも最初から隠してないのか(笑)」
「でも隊員の風紀とか!総隊長の威厳とか!色々問題あんじゃないの?」
柏原は口を尖らせて異を唱えた。
「こうなったワケはなんとなく分かる気がする。アイツ等が組んだ時から何となく」
五十嵐は独り言のように、もしくは自分に云い聞かせるように呟いた。
「式部と組んでから、みるみる自分を取り戻していった御子柴を見てて。。。ね」
ただ一線を越えるとは思わなかったけれどな。。。と苦笑しながら付け加えた。
「そりゃ〜ね。アノ副隊長じゃなきゃ、アノ総隊長とは上手くやっていけないだろうけどさ〜」
ぷー!と柏原は頬を膨らませた。
「でもなんだかなー!」
五十嵐は思わず噴き出してしまった。
「お前、ヤキモチ?(笑)」
「はぁ!?違うデショ!(怒)」
声を上げて笑う五十嵐に、柏原は全身で抗議した。
その様子が可笑しく、五十嵐はしばらく笑い続けた。
「まぁ問題は藤堂だな」
笑いすぎて咳き込みながらも五十嵐が放った一言を聞いて、もうそれ以上頬っぺたは
膨らまないだろう!というくらいの膨れっ面をしていた柏原の顔も元に戻った。
「う〜ん」
「な。難しいだろ?」
「そういうの疎そうだし。。。このまま気付かないってのもアリかと思うんだケド」
「ええーっ!?。。。でも有り得るか。。。」
「ま、気付かれたら気付かれたで。あの2人ならどうにかするでしょうよ」
「まぁな。俺達が心配する事じゃないか(笑)そんな事より、仕事仕事!」
うぃ〜っす!と気の抜けた返事をして、柏原は1班の部屋へ戻って行った。


その頃、無事1人で処刑を終えて処理班に無線で連絡していた藤堂は、途中で何回
もくしゃみをしていた。


                       ― The end ―






P.S.
もう2人が一部で公認の仲という、
<Affair of DOLLS>以後の話です。
そうなっちゃうと諜報課って大変だろうなぁ。。
なんて思って書いてみました。
“目の部屋”って誰かが常駐してるのかな?
隊員の恋愛事情ってどうなってるんでしょ?
微妙〜な設定ですよね(笑


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