―Rite Of Passage―


「空がキレイだ。。。」

その日東都にしては珍しい快晴で、頭上には抜けるよう
な青空が広がっていた。
「早く血、拭いとけ」
目の前に転がる肉片と化した元処刑囚の亡骸から目を
逸らすように空を仰ぎ見ていた式部の手元に、タオルが
ぽんっと放られた。
「乾くと面倒になるぞ」
咄嗟にタオルは受け止めたが、それを握り締めたまま式部
は動こうとしない。
立ち尽くす式部に歩み寄りタオルを取り戻して、御子柴
は太い息を吐き出しながら肌や髪に付いていた血液を拭
き取ってやった。
「ほら。これで大丈夫だろ」
頬から鼻梁に飛んだ赤い飛沫を拭き取ってやり、もう他
には付いていないこと確認してから、御子柴が素っ気なく
云った。
「。。。すみません」
最後まで視線を合わせようとせず、式部が俯く。
「ん」
御子柴は短く答え、式部の片手を掴んで引いた。
「お前、手、冷たいなぁ」
そして現場から遠ざけるように、少し離れた路肩の所まで
連れて行って座らせて、その真横に自分も腰を下ろした。
「どうした、清寿?」
膝を抱えてしゃがみこんだ式部の肩は、固く強張っている
ように見えた。
膝の間に押し付けられた顔はさらさらのブルーブラックの髪
が隠してしまっていて、御子柴からは見えない。
息を殺しているようで、呼吸音さえも聞こえない。
沈黙。
数分後すぅ。。。と息を吸う音がして、式部は顔を上げた。
揃えた膝の上に両手を揃えて乗せ、その上に片方の頬を
乗せて、虚ろな表情で中空を見ている。
「迷ったか?」
前を向いたままそう呟いた御子柴の横顔に、式部はぼん
やりと視線を合わせて、ぼそっと答えた。
「例えそれが正義の為だとは云え、人を殺すことは許され
ることなんだろうか?って、そう思ってしまって。。。」
御子柴の口元に、皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
「けど、それが俺達の任務だからな」
式部の整った顔には感情がなく、まるで本物の人形の様
だった。
「“自分の正義が信じられないんなら、辞めちゃえば?”」
そう呟いた御子柴の顔を、式部ははっ!とした表情で見
上げた。
「俺もこのくらいの時期だったかな。。。特刑に入隊して
半年過ぎたくらいの頃だから、丁度今のお前と一緒だろ?
毎日が必死で周りなんか見てられない余裕ゼロの時期が
過ぎて、ちょっと落ち着いてきた頃、同じようなことを考えち
まったことがあって。。。」
路肩に両手を付き、反り返るようにして空を見上げて、
淡々と御子柴は語り続ける。
「で、同じことを訊いたら、そう云われた」
御子柴は、優しく、そして少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「“お前にとっての正義って、何?”って訊かれて。。。」

―――お前が居ることが俺の正義だよ。
アイツの笑顔と声が、鮮やかに蘇ってくる。
もしも、なんてことに意味は無いけれど。。。
もしも、もっと早く出会えていたら、アイツを救うことが出来
たんだろうか。。。
そんな、同じ問いを何度も何度も繰り返してきたけれど、
結局どこにも辿り着いていないような気がする。
今の俺にとっての正義って。。。?

「僕にとっての正義。。。」
式部の呟きで、御子柴は我に返った。
まだちょっとした事で心の中のキズが疼く。
癒えることの無いキズが、血を流す。
無意識に左肩を押さえてしまっていて、また我に返る。
御子柴は自嘲気味に、薄い笑いを漏らしてしまった。
「辞めるか?」
「。。。」
「ツラいなら、辞めちゃうか?って」
少し間を置いて、式部は首を左右に振った。
「辞めない。やり遂げなきゃいけない事があるから」
「じゃ、それがお前の正義、だろ?」
御子柴は血液で汚れた手袋を脱いで、手を式部の頭の
上にふわりと乗せた。
「お前を護るのも隊長としての役目だから、きちんとやり
遂げられるまで護ってやる」
式部の顔が、また膝と腹の間に伏せられる。
「だから、お前はお前の正義を全うすればいい」
泣きじゃくるような息が漏れて、身体が小刻みに震え出
したのが、手の平を介して御子柴まで伝わってきた。
「お前ってさ意外と泣き虫だよな。でも人前では泣きたく
ないんだろ?」
「。。。泣きたくないんじゃなくて、泣けないんです」
俯いたまま、くぐもった声で式部が抗議する。
御子柴はそんな式部の頭を、手の平で軽く叩くように
撫でた。
常に笑顔を浮かべているのに、いつもどこか張り詰めた
ようなところがある式部の、ここまで無防備な姿を見た
のは初めてだった。
「なんで僕、貴方の前で泣いてるんだろう。。。」
御子柴はこっそりと笑みを零した。
「それってさ、信頼されたって思っていいってことだよな?」
式部の顔がちょっとだけ上を向いた。
「相棒としてはちょっと嬉しいかな」
「。。。自信家ですね?」
「そうでもないさ」
顔の下半分は膝の上で組んだ腕の中にあって見えな
かったが、涙で潤んだ紫の瞳が少し笑ったように見えて、
御子柴が笑い返す。
「もうすぐ諜報課も処理班も到着するだろうから、奴ら
に泣いた顔見られたくないんだったら泣き止んどけ」
立ち上がって制服の腰のところをぽんぽんと叩きながら
御子柴は素っ気なく云い、式部の目の前に片手を差し
出した。
「泣きたくなったら俺の前だけで泣けばいい。どんなお前
も受け止めてやるって、前に云っただろ?」
その手の平を握り返した手をぐっと引かれて、式部も立
ち上がる。
「これからも一緒に、頑張っていこう」
式部の制服についた汚れをぱたぱたと叩き落としながら、
御子柴が云う。
「はい。。。」
眉間に力を籠めて泣き出すまいと耐えているという様子
の式部の顔を覗き込みながら、可笑しそうに御子柴が
笑う。
―――お前が居ることが俺の正義だよ。
まだそこまでには辿り着いていないけれど、その言葉の
意味がほんの少しだけ解ったような気がして、御子柴
の心の中で何かがちくちくと痛んだ。
「ほんっとに今日はいい天気だなぁ〜!」
見上げた空は真っ青で。。。
御子柴は眩しそうに目を細めて、涙が滲みそうになって
潤んでしまった瞳を上手く誤魔化した。


「今日は空がキレイだね。。。」

東都にしては珍しい快晴で、抜けるような青空を見上
げて式部が呟いた。
その言葉と仕草が、御子柴の古い記憶を鮮やかに蘇ら
せた。
「。。。どうしたの?笑太君」
式部に呼ばれて、我に返る。
「何考えてるの?それとも何か思い出してた?」
急に黙り込んでしまった御子柴の顔を心配そうに覗き
込んでいた式部と視線が合ったら、微笑まれた。
「あ、まぁ。。。いや、たいしたことじゃない」
「うん。ならいいけど。でも泣きそうな顔してたよ?」
ワイヤーに付いた血糊を拭き取りながら、死刑囚の死
体を跨いで現場から離れていく式部の姿を見ながら、
御子柴はふと、逞しくなったな、と思った。。
「もうすぐ処理班が来ると思うからとりあえず現場保存
して。。。で。。。」
てきぱきと後処理をしていく横顔を見ながら、誰にも聴
こえないような小さな声で呟いてみた。

「お前が居ることも俺の正義。。。だな」

言葉の意味を噛み締めるように、御子柴は空を仰ぎ
見た。


―The end―






P.S.
この話、
“羽沙希君が入隊する前、
第一が2人だった時”
という設定。
まだそんなに親密ではなくて、
やっと距離が近付いてきたかな?
という頃の話。
“清寿が大泣きする話”3作の
伏線になっていたりもします。。


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