―Can you catch your Truth?―


「前はね、笑太君もあんなんじゃなかったらしいよ」
後ろ手に諜報課のドアを閉めてから、式部は藤堂の耳元で云った。
部屋の中では、今日のターゲットの潜伏先を「まだ掴めてないんだよね〜(笑)」
と答えた柏原を、御子柴が締め上げていた。
「養成所を首席で卒業してすぐに第一部隊に配属になった頃はね」
くすくす。
式部が本当に可笑しくてしょうがない、という感じで続けた。
「真面目で無口で。。。まるで今の羽沙希君みたいだったんだって」
――― うーん。想像出来ないな。。。
藤堂の感想はしっかり表情(かお)に出ていたらしい。
「シンジラレナイよね?」
少し屈むような姿勢で藤堂の顔を覗き込んでにっこり笑った後、式部は前に
立って歩き出した。
「でも少なくともシャツのボタンは上までちゃんと締めてたし、ネクタイもミニベルトも
きっちり締めてたっていう話だし(笑)」
足早に進む式部の後を必死で追いかけながら、藤堂はちょっとだけ前の御子柴を
想像しようと頑張ったが、それは無駄な努力だった。
今の御子柴しか知らないのだから、無理と云えば無理な話だ。
藤堂はちょっと後ろめたいような気持ちで、今出てきたドアの方を振り返って見た。
御子柴が追ってくる気配は無い。
今日の任務は3人一緒に動く筈だったのに。。。藤堂がそう思ったその時だった。
ふぅ。。。と、後ろから見ても分かるくらい大きな溜息をついて、式部が振り返って
藤堂を見た。
艶やかな髪がふわりと揺れ、式部の髪の香りが広がる。
「でもね、"あの事件(タブー)"を境に変わってしまったんだって。
 僕もその頃の事は良く知らないんだけど。。。」
いつもの式部とは違う暗い声に、藤堂はハッとして立ち止まる。
「笑太君は時々危くて心配でしょうがないんだけど、どうにも越えられない
巨大な壁があって、そこから先には踏み込ませない。。。
その壁が"あの事件"なんだよ」
憂いを秘めた瞳は藤堂を見てはいなかった。
どこか遠くを見ているような。。。
感情が欠落した人形のような表情(かお)がこちらを向いていた。
少し開かれている形の良い唇が扇情的だった。。。
「式部隊長。。。」
どくん。どくん。どくん。
鼓動が速くなる。手足がすーっと冷えてゆく。
この前偶然見てしまった御子柴と式部のキスシーンが頭の中に浮かんできて、
藤堂は冷静ではいられなくなった。
式部の唇と、そこに重ねられた御子柴の唇。
御子柴の顔は前髪に隠れて見えなかったけれど、瞳を閉じた式部の顔に
浮かんだ優しげな微笑みが強く記憶に灼きついていた。
あれから藤堂は2人の顔をまともに見られずに居た。
なのに今、式部の口元を直視してしまい、藤堂は動揺していた。
そして、それを隠せない自分にも動揺していた。
慌てて視線を逸らし、足元に落とす。

急激に表情が硬くなった藤堂に気付き、慌てて式部はフォローした。
「驚かせちゃった?!ごめん!」
俯いてしまった藤堂の、その額にかかった髪を掻き上げようと式部は手を伸ばした。
びくっ。
藤堂は反射的に身体を縮め、弾かれたように後ろに飛び退った。
式部は目を丸くして、手を自分の胸の前まで引っ込めた。
「。。。!すみませんっ!」
戸惑った表情(かお)をしている式部に向かって勢い良く頭を下げる。
くすくすくす。
噛み殺したような笑い声におそるおそる目を上げると、式部はあの時御子柴を
見ていたのと同じ、優しい眼差しで藤堂を見詰めていた。


「羽沙希君、もし僕が間違いを起こしそうになったらまた止めてね」
慈しむような微笑みを浮かべたまま、穏やかな口調で式部はこう続けた。
「それでもダメな時は、ちゃんと僕のことも殺してね」


同じことを以前御子柴に云われた事があった。。。
藤堂はその時の事をハッキリ思い出していた。
可能か不可能かでは無くこれは命令に近い、と、あの時も感じた。
つまりそれはこの2人より強くならなければいけない、という事だ。
頑張らないと。。。
せめて僕が先に死ぬことが無いように。
この2人を支えていけるように。

藤堂は決意を新たにし、無言で強く頷いた。


「ま、いいや」
拍子抜けする程サラッと、いつもの明るい口調で式部は云って、
「行こう!羽沙希君。何やってんだ!?って鬼の総隊長に怒鳴られる前に」
藤堂の左頬を、右手の人差し指で軽く突付いた。
不意に触れられた頬を押さえて真っ赤になった藤堂を見て式部はくすっと笑みを
零し、制服の裾を翻してくるりと向きを変えて歩き出した。
不純な心を見透かされたような気がして焦りながらも、藤堂はその背中を
追いかけ始めた。
その時だった。
「笑太君も気配消して覗き見してないで!行くよ!」
えっ?と藤堂が後ろを振り返ると、御子柴がにやにやしながら壁に寄りかかって
立っていた。
「なんかイイ雰囲気だったから声掛けづらくってさ」
式部は返事もせず、振り返りもせずにすたすた進んで行ってしまう。
その後ろを、藤堂が置いていかれないように必死について行く。
数歩遅れて後ろから、御子柴がニヤケ顔のまま歩いて行く。


このままでいい。
このままがいい。
全て始まりは偶然。終りは必然。
だけどまだしばらくはここにいさせて。。。


その後3人は特刑隊員の顔に戻って、この日の任務も完遂した。


                   − The end −






P.S.
羽沙希はあんな設定ですから、
きっと絶対にオンナノコとお付き合いなんてしたこと
ないだろ〜なぁ〜。。という設定で書いた話。
(大きなお世話?笑)
Mission1に伏線アリ。
最後に出てくる御子柴がちょっとお気に入り。


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