-Sleep by My Side-  before“Mission1”


ベッドから見上げた空は、まだ夜明け前の暗い空。
曇っているのか、星は見えない。
大きな窓があって、その傍にベッドが置けること。
それがこの部屋の主の、住まいに対する一番のこだわり。
あとは大きな熱帯魚用の水槽が置けること。
視界の向こうで、仄かにライトが灯った水槽の中を巨大なアロワナがゆったりと泳いでいる。
時々その鱗が光を反射して、キラキラと微かな煌きを放つ。
視線を横に移すと、式部がこちらに顔を向けて眠っている。
自分を抱きしめるように身体を小さくして、毛布に包まっている。
固く瞳を閉じた顔は整いすぎていて、人形になってしまったような錯覚さえ覚えたが、
規則的な呼吸音が御子柴を安心させる。

――― 何も無い部屋だな。。。

自分の"生"に興味が無い者の住む部屋だ。。。
最初に招き入れられた時、御子柴はそう思った。
ひっそりと暗く、清浄な空気が満ちた部屋。
こんなにも寝るのに最適な部屋に暮らしながら、式部は眠れないのだという。


「ね、お願い!笑太君」
いくつかのうんざりするような処刑を済ませ、さて着替えて帰ろう、というその時になって、
突然の式部からの頼み事。
藤堂が帰ったのを確認してから云い出したのはこんなお願い。 
「とりあえず寝たいんだけど、一緒にうちに来てくれない?」
はぁぁ?
思考フリーズ。上着を取りかけていた動作もフリーズ。
自分でも相当マヌケな表情(かお)になっているのが分かった。
そんな御子柴を見て、式部は目を丸くしてから「ああ!」と気付いてケラケラと笑った。
「違うよ〜!誤解しないで笑太君。僕の云い方が悪かったんだね。
ごめん!変な意味じゃなくて。。。」
事情を聞けば至極簡単、単純明快。
でも切実。
茶化してしまえばかわせたかもしれないが、深い紫の瞳に必死に見詰められたら
断るに断れなくなり、つい頷いてしまった。
長く一緒に組んではいるが、こんなプライヴェートな頼み事をされるのは初めてだ。
だから余計、断ってはいけないような気がした。
同居人に電話をかけると、今日も帰れないよ〜!(号泣)という返事。
それなら問題ナシ。頑張ってください、と云って電話を切る。
――― つくづく俺はタマと清寿に弱いなぁ。。。
御子柴は嬉しそうに前を歩く式部の背中を見ながら溜息をついた。


式部の頼みは"隣で1晩眠って欲しい"。
邪な心は無く、"安心して眠りたいから傍に居て欲しい"という。
ただそれだけ。
「なんで俺〜?」
と聞いた御子柴に、
「笑太君にしか頼めないよ、こんな事」
ちょっとはにかんだような笑顔を見せて式部は答えた。
「俺がお前が信じてるような人間じゃなかったらどうする?」
御子柴はちょっとイジワルっぽく云ってみる。
「笑太君になら殺されてもいいかな?なんて。そのくらい信頼してる」
にこ。
この笑顔に御子柴は勝てない。

一緒に買出しをして、式部の作った夕食を食べ、ベッドに転がってお喋りしているうちに
反応が鈍くなって。。。
そのうち式部は眠ってしまった。
安心しきった表情(かお)で。
ふわりと毛布をかけると、式部はそれを引き寄せるように包まった。

この部屋に来るのは今日が初めてだった。
そもそも式部は、外面はいいが個人主義で、プライヴェートへの干渉を激しく嫌う。
どうせ"目の部屋"で監視されているんだから家においてのプライヴェートの保護なんて
望むべくもないが、それでも式部は必要以上の介入を嫌う。
だから今日のお願いは前代未聞。
前の住まいで人形狩りの襲撃にあってここに引っ越してきたばかりで、
まだ慣れないのだという。
確かに人が住んでいるという気配が希薄で、
どこか余所余所しい感じがする部屋だな、と思った。


こぽこぽ。
水槽から淡い水音が断続的に聞こえていた。
いつの間に寝てしまったんだろう?
それに、何でこんな時間に目覚めてしまったんだろう?
まだまだ夜明けは遠い。
御子柴はぼんやりと式部の寝顔を見ていた。
頭をクシャッと撫でてやりたいと思ったが、それは叶わない。
その顔に触れてみたいという衝動にも駆られたが、それは許されない。
せめてベッドに広がった髪の毛の一筋に触れたいが、
手を伸ばしただけで起こしてしまいそうで、出来ない。
細いがちゃんと筋肉がついた右肩が、露わになっていて寒々しい。
そこにそっと毛布を引き上げてやる。
式部はふわっと微笑んで、その毛布を口元近くまで持ち上げた。
起こしたか?と焦ったが、まだ深い眠りの中に居るようだ。
御子柴はそれで満足して、もう一度目を瞑って眠りに入る。
自分の右にある確かな体温を感じながら。。。

芳しいコーヒーの香りで御子柴は目を覚ました。
真っ白な陽光が視界に溢れて、一瞬目が開けられなかった。
右隣を見ると式部は居ず、皺が寄った布団と毛布が放置されていた。
「笑太君、起きた?おはよう」
頭をガリガリ掻きながら起き上がり、
リビングに置かれたソファまでのそのそ移動し、
はい、と式部が差し出したマグカップを受け取った。
なみなみと注がれたブラックコーヒーはちゃんとペーパードリップで淹れられたもので、
一口含むと爽やかな苦味が口中に広がった。
「ゆっくり寝れたか?」
「うん、ありがとう!すご〜い久し振りにぐっすり眠れたよ」
「何日振り?」
う〜ん。。
視線を上に泳がせて少し考えてから、明るく式部は答えた。
「どのくらいかなぁ。。。忘れるくらい振り?(笑)」
はあぁ。。
御子柴は太い息を吐く。
朝食作ろうか?という式部の動きを髪を引っ張って止めて、
いいから座れ、と態度で示す。
自分のカップを持って、式部は大人しく御子柴の隣に座った。
無言。
しばらくコーヒーを啜る音だけが響く。
スッキリした顔をしている式部を横目で見て、寝不足の顔で御子柴は云った。
「。。。彼女でも作れよ」
「あはは!確かにそうだよね(笑)」
でも笑太君じゃないとダメなんだ。。
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いて、ふふふ、と笑った式部の頭を
御子柴は軽く小突いた。
――― 俺、弱み多いなぁ。。。
やっぱり朝食作るね!とキッチンに立った式部の後ろ姿を見ながら、
御子柴は昨晩から何度目かの溜息をついた。


− The end −






P.S.
Mission1のサイドストーリィ。
ある朝、目覚めの際に
突然ほぼ完成形で“降りてきた”話。
1人悶々とする御子柴が書きたかっただけ、とも云う(笑)
目下のところ、これが一番お気に入りの作品。


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