―The Principle Of Trust―


名を、呼ぶ。
何度も何度も。
いつだって、
こんなに求めている、から。。。


「なんでそんなに泣けるのかねぇ?」
髪に隠れている頬を探るように、唇で触れる。
頬から口角へ。尖った顎の線を伝って首筋を上から下へ
滑り降りていくように、唇と舌先で辿ってゆく。
唇が鎖骨に達した時になって初めて式部が反応を見せて、
泣きながらも甘い息をひとつ吐いた。
式部の肌は滑らかで、全身に点在する傷痕さえ無ければ
まるで人形の肌みたいだ、と御子柴はいつも思う。
「うっ。。。何でもない。。。っ」
少し前まで火照っていた肌はやや湿り気を帯びたままひやり
と冷えていて、抱き寄せると、まだ行為の名残りの熱が籠も
ったままの御子柴の肌に心地良く馴染んだ。
「泣き虫清寿」
首に抱きついてきて泣き続ける式部の身体を強く抱き締め
返しながら云ってみた。
式部の両腕に力が籠もり、押し付けられるように密着した
肌から激しい鼓動が伝わってくる。
「。。。ごめ。。。っ。。。」
うわ〜ん!と大きな声を上げて、式部がまた泣き出した。
涙が、御子柴の肩口を濡らし続けている。
よくもこんなに涙が出るもんだ、と半ば呆れながら、御子柴
は式部には聞こえないように、こっそり鼻から息を吐いた。
「我慢しすぎなんだよ。泣きたい時に泣いておけば良いのに」
うっ。。。うっ。。。と声を殺して泣き続ける式部の顔を自分
の肩から持ち上げて、その頬を、指先でピアノの鍵盤を弾く
みたいに軽く叩く。
「で。。。でも。。。っ。。。」
止まることなく涙は流れ出ていて、目の周りがうっすらと赤く
染まってきた。
「でも、じゃなくてさ。ホントは泣き虫のクセに人前で泣けない
んだよなお前って。たまにこうやって思いっきり泣けるからまだ
いいんだろうけど。。。」
痛々しく腫れた瞼に軽くくちづけて、後から後から零れ落ちて
くる涙の粒を舐め取ってやりながら、御子柴は独り言のように
呟いた。
式部が人前で泣けない理由は知っている。
最愛の人から最期に貰った言葉は心に深く刻まれて式部を
縛り、どんなにツラくても笑顔を見せようとしてしまう。
それを知ってからも何度イライラしたことか。。。と、御子柴は
思い返す。
可哀想だと思うからそのイラつきを抑えてしまうことが多いけれ
ど、たまに我慢ならない時がある。
笑うな!―――
時々怒鳴ってしまって、後悔する。
しかし今日はそういう状況じゃなかった。
あの時笑ってくれて安心したのに、本当はこんなに、泣きたい
ほどに自分のことを心配してくれていたのかと思うと、御子柴
は胸が詰まるような思いがした。



「バッ、バカッ!戻れっ、清寿!」
「ダメだよ、逃げられちゃう!もう少しなのにっ」
薄暗い室内には煙幕のように埃が舞っていた。
あと1歩の所まで追い込んだ死刑囚の姿が、その向こうに霞ん
でみえる。ワイヤーで受けたダメージであまり動けない筈なのに、
必死に逃げようとしているのが見える。
「だめだ!深追いするなっ!ここにはトラップがっ。。。!」
「!」
後ろから制服の背を強い力で引っ張られて式部が転倒すると
同時に、炎と噴煙が身体の直上を走った。
それから少し時間が経ったと思う。
やっと目が開けられるようになったが、視界は真っ暗で、周囲に
は耐え難い臭気が漂っていた。
焦げ臭いニオイに混じって、蛋白質が。。。人体が燃えている
ような臭いがする。
「笑太君。。。?」
爆風で鼓膜がやられてしまったのか、音が聴こえない。
神経を研ぎ澄まして周囲を探ってみたが、人の気配は無い。
先刻背中を引っ張ってくれたんだから、御子柴が近くにいた筈
なのに。。。
「笑太君!笑太君っ!笑太君っ!!」
泣き出したいのに泣けない。幸せが逃げてしまうから。。。
起き上がって御子柴の安否を確認したいのに身体が動かなくて、
式部は大声で御子柴の名を呼びながらもがいていた。

「こんだけ必死に呼ばれたら嬉しいでしょ?総隊長」
「柏原。。。一回殴っとこうか?」

まずそんな会話が聴こえて、次の瞬間視界が明るくなった。
と、思ったら、上から覗き込んでいた御子柴と藤堂、柏原と目が
合って、式部はガバッ!と跳ね起きた。
「気が付いたな。良かった」
「笑太。。。君?」
「ごめん!ちょっと力強すぎた」
顔の前に手を垂直に当てて、片目を瞑って申し訳なさそうに謝る
御子柴の顔を、式部はきょとん、と見返す。
「強く引っ張りすぎて、後ろに倒れた時に頭打ったんだよ。大丈夫
か?頭見せて?」
ぼんやりしている式部の後頭部に触れたり髪を掻き分けて見たり
して異常が無いのを確認して、御子柴が安堵の溜め息をついた。
「え。。。?あ。。。死刑囚は?」
今まで意識を失っていたのか。。。と、式部は、やっと自分の状況
を把握した。
「自分の仕掛けたトラップに掛かって自爆。爆炎が真横に走ったん
であんた達助かったんだよ」
親指を立てて式部の背後にあるビルを指差して、柏原が答えた。
式部が振り返って見ると、ビルは外壁こそ残っているが内部は真っ
黒に焦げ落ちていた。
「総隊長が転ばせてくれたおかげで火傷ひとつ無し。気を失ってた
おかげで煙も吸ってない。結果オーライすぎなんじゃないの?」
「笑太君は?どこか火傷しなかった!?」
からかうように云う柏原の言葉を途中で遮って、式部は御子柴に
訊いた。
「してない。お前が転んだ勢いで俺も転んだんで無傷で済んだ」
御子柴の笑顔を見てほっ、としながらも、式部は意識を失っている
間に見ていた夢の中のリアルな光景を思い出して、自分の身体を
抱くようにして縮ませて身震いした。
ものスゴく心配したんだから。。。と、思ったら涙がじわっと滲んできた
が、目を擦るフリをして誤魔化した。
「清寿?どこか痛むのか?」
「あ、何でもない。大丈夫」
泣き出したい気分を抑え込んで、ふわり、と笑ってみせた式部の顔
を見て、御子柴は安心したように笑い返した。



「夢の中のことでそんなに泣くんだったら、俺が本当に殉職しちゃった
りしたらどうするんだろうね?」
「縁起でも無いこと云わないでっ!」
「冗談だって」
「冗談でもイヤだよ。。。」
御子柴の肩に顔を強く押し当てて、式部が責めるように云う。
止まりかけていた涙がまた溢れ出してきて、御子柴は困ったように笑
った。
「お前が気を失ってる間心配で心配で。だから。。。」
頬から口元へ。そして更に下へ唇を滑らせていく。
「大丈夫だって分かった時は嬉しくて、正直俺も泣きそうだった。。。」
式部の全身にくちづけをしながら、御子柴が囁き続ける。
「なぁ、清寿、お願いだから。。。」
唇に唇を合わせて、何度も重ね直すようにくちづけを交わす。
「笑って。やっぱお前が笑ってないと調子狂う」
何度も名前を呼ばれて乞われて続けて、式部はようやく泣き止んだ。
「も〜。。。笑太君には敵わないよ」
ちょっと自慢気な表情(かお)をして御子柴が云い返す。
「一応“天下の総隊長”、だからな」
式部が噴き出して、笑う。
「普段はそんな事ちっとも思ってないクセに、こんな時ばっかり!」
「やっと笑ったな」
「。。。うん。もう大丈夫。いつもありがと」
「な、清寿。もっと笑って」
しゃくりあげるような呼吸を一回してから目を閉じて、自分を落ち着
かせるように胸に両手を当てて深呼吸をしてから、式部は顔を上げ
てしっかりと御子柴を見詰め返した。
一番綺麗な、とびっきり極上の微笑みを浮かべて。


―The end―






P.S.
4567アクセスを踏み損ねましたで賞(笑)の
U様からのリクエスト、
“大泣きしている清寿”の話です。
いつも応援してくださって
ありがとうございます。
感謝を込めて書いてみましたが。。
ちょっと状況が分かりづらいでしょうか?(汗

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