―Defense Mechanism―


激しい雨が急速に体力を奪っていた。
ずぶ濡れになった制服が身体にまとわりつき、動きを制限
されてもいた。
かちかちと歯が鳴りそうになるのを、唇を噛みしめて耐える。
この降りでは帽子も役に立たない。

「寒いのか?」

寒い訳が無い。
真夏の手前の、雨ばかり続く蒸し暑い季節ももう終わろう
って頃だというのに。

「まさか」

視線を遣ることもなく、そう答える。
寒くは無い、と思うのに。
指先が凍えたようにぶるぶると震えるのを抑え切れない。
髪の毛の先から襟元に雨水が伝って落ちて、肌に触れて
いるものまで湿ってきた。
背筋が、ぞくぞくする。

「。。。っ?!」

後ろから肩を鷲掴みにされて、震え上がる。
うなじに掛かる息が熱く感じるほど間近まで近付いた唇に
気を取られたほんの瞬間に、肩を掴んでいるのと反対の手
のひらが、額にぴたっ、と、当てられた。

「清寿、あのな。。。」

頭を前に少し下げるようにしてから振り回し、額を覆ってい
る手を払おうと試みる。

「僕のことなんかどうでもいいですから。。。任務に集中して
くださいっ」

片方の肩を押さえられた状態で、額の上の手を後ろへ引
かれた。
天を仰ぐように上を向かされた顔に雨が直接降り注いで、
反射的に目を固く閉じる。

「顔洗って目ぇ覚ませ」

閉じ切れなかった口の間から気道に、埃臭い味のする雨水
が流れ込んできた。

「ぅ、けほっ。。。止め。。。っ」

帽子が滑って足元に落ち、転がった。
身体の戒めが解かれ前屈みに崩れ落ちそうになったところを
腹部に回された腕で支えられ、辛うじて膝を付かずに済んだ。
むせて咳き込んでいる僕の身体を横にあったビルの壁に預け、
手を伸ばして帽子を拾いあげた気配がした。

「お前は動くな。ここに居ろ」
「なっ。。。?!」

帽子の中に溜まった水を大きく手を振るようにして切り、こちら
の顔を見ることもなく頭に乗せて上からぽんっと軽く叩いてそう
云い捨てるように云った整った横顔は、冷徹なほどに無表情。
すっと伸びた鼻筋や、きゅっと閉じられた口やホクロを濡らして
雨水が流れ落ちていく。

「清寿、これは隊長命令だ。ここから動くな」

何故ですか?!と尋ねようとした口を手で塞がれて、抵抗する
間も無く払われるように後ろに押され、壁面をずるずるとずり落
ちるようにして座りこんだ。
悔しくて顔を上げられない。
遠去かる足音を、耳で追う。
彼に、清寿、と呼ばれることにはやっと慣れてきたような気がして
いたけれど、言葉が足りないのにはまだ慣れない。

「なんでちゃんと説明してくれないのかな。。。」

入隊してもう何ヶ月も経つのに。
そんなに頼りないかな。。。
震えが止まらない。
歯を食いしばっているのに、かちかちと鳴る。
寒いハズは無い。そんな季節じゃない。
朝からこんなに蒸し暑いんじゃ制服なんか着てらんねぇよな、と、
更衣室で愚痴られて、そうですね、と、微笑んで聞き流すのが、
ここ数日日課みたいになっているのに。
そうだ。。。
いつもはそれで無言になるのに、今朝はそこで終わらなかった。
体調悪いのか?と、着替えている僕の様子を自分も着替え
ながら横目で観察するように見て、そう訊いてきた。
。。。?いいえ、と、瞳だけ動かして訝しそうに顔を見て、曖昧に
笑って答えておいた。
そうかぁ?と、口の中でぶつぶつ云ったのが聞こえたけれど、それ
で会話は途切れた。
ほとんど眠ってないから顔色が悪いのかも、と鏡でチェックしたけ
れど、いつもとそんなに変わらない、と、自分では思った。

「なんでこんなに寒いんだろう。。。」

この寒気は、雨のせいだけじゃない。
満たされていないからだ。
こんなに頑張っていると自分では思うのに、評価して貰えている
実感が無い。
どのくらい死刑囚を処刑すれば評価して貰えるのか?
この先何人殺せば貴方に認められるの。。。?

くすんだ街の、ビルとビルの間の、ゴミだらけの路地に叩きつける
ように降る雨が、僕の顔の高さくらいまで跳ね返ってくる。
その中で膝を抱えてしゃがみ込んで震え続けながら、デザート
イーグルの重い発砲音と戻ってくる足音が聞こえてくるのだけを
待っていた。


「ホント、捨て猫みてぇだよな。。全然馴れてくれねぇとこが」


髪を撫でられた後、突然ぶわーっと横から掛かってきた熱風に
驚いて、弾かれるように身体を起した。
「わ!待てっ!それ以上起き上がんなっ!」
緊急度の高い声色に、条件反射で静止する。
ほ〜っ、と長く息を吐いて、御子柴隊長が胸を撫で下ろした。
「ここ。。。?」
「特刑の仮眠室。分かるか?」
周りをぐるんと見渡して、僕の居るベッドの横に座って笑いな
がら話し掛けている青い目に向かって、子供みたいに、こくん、
と頷いてみせた。
「もいちど横になる?それとも座ってる?」
変な質問だな。。。と思って呆然と顔を見返していたら、困っ
たように笑顔が歪んだ。
「とりあえず髪、乾かすから。動くな」
良く見ると片手にドライヤーを持っていて、僕の髪を乾かそうと
していたようだ。
さっきの熱風の正体はこれだったのか。。。
頭がぼんやりしていて、事態が全く把握出来ない。
今日は現場に居たハズなんだけど。
豪雨の中、濡れながら突入の機会を計っていたんじゃなかっ
たっけ。。。?
座った格好でぼ〜っとドライヤーをかけて貰っている間に、ある
ことに気付いた。
僕。。。全裸なんですけど。。。!
急に恥ずかしくなって、ベッドのリネンを掻き寄せて身体を隠す
ようにして、楽しそうにドライヤーを掛けてくれているヒトに物問
いたげな視線を向ける。
「制服も下着もびちょびちょだったから全部脱がせてシャワーも
浴びせて拭いてやって、タオルに包んでここまで運んで寝かせて
やったんだから、今更隠しても遅せーって」
抱き上げる身振りをされながらからかうような口調で云われて、
羞恥で全身が灼けるように赤く、熱くなる。
「。。。すみません。。。」
思いっきり吹き出され、空いていた手をお腹に当ててひ〜ひ〜
云うくらい大笑いされた。
「清寿、朝から調子悪かったろ?」
笑いがひとしきり収まると、真面目な顔でそう訊いてきた。
「いえ。。。分かりませんでした」
「顔真っ白で唇紫で、いかにも体調悪いって顔してたんだけど、
自分じゃ分かんなかった?」
答えずに黙っていたら、呆れた顔で頭をぐりぐり撫でられた。
「今は?気分どう?」
「別に。。。」
「熱あるらしいぞ。しかも、かなりの高熱。柏原が驚いてた」
そう云えば。。。さっきまでは寒くてしょうがなかったけれど、今は
暑くてしょうがない。
恥ずかしいからかと思ってたけど、違うのか。。。
「よっぽど自分に興味無いんだな」
これで良し、と、ドライヤーを止めて置いた後、こちらを向いて
にかっ、と微笑んだ。
「もう少し眠らせてやりたいところだけどその格好でここに寝か
しとくわけにいかないから、俺んち来る?今夜はアイツ、多分
帰ってこないから」
同居人が居るなんて。。。意外だった。
「いいです。自分のうちに帰ります」
立ち上がって僕を見下ろして、ベッドの横にまとめて置いて
おいてくれていた私物を顎で示す。
「じゃ、ロッカーのカギ、どれ?」
「自分で行けます」
真剣に云ったのに、また大笑いされた。
「更衣室までシーツにでも包まってくか?」
そっか!と気付いた後バツが悪くて、俯いたままキーケースを
取り、無言で1本引き出す。
それを渡そうとしたら、不意に耳元に唇が近付いてきた。
「お前、肌綺麗だな。傷だらけなのが惜しいけど、湿ると吸い
付いてくるみたいなのな」
「!」
「悪戯はしてねぇから安心しろって」
こんなんで犯罪者になりたくねぇからな、と、笑いながらドアを
出ていく後ろ姿を見送りながら、このヒトとこの先上手くやって
いけるのだろうか。。。と思っていた。

そんな時期もあったんだけど。。。

「考えてみればあの時の責任を取ってもらったようなもんか」
ベッドにうつ伏せに寝転んで、目を閉じて雨の音を聴いている
といつも思い出す。
「ん?何?」
「ううん。なんでもないよ」
仰向けに寝そべっている笑太君に微笑みかけ、雨粒が叩き
つけている窓を見上げる。
引き寄せられて首筋を吸われ、唇を追い駆けてじゃれ合う。
「昔は捨て猫みたいにぴりぴりしてたのにな」
「え?なぁに?」
「いや。なんでもない」

止みそうにない雨の音が2人の記憶(むかし)と現在(いま)を
繋いでいた。


                   ―The end―






P.S.
シチュのお題“雨の中で”で
書き出したのにまとまらなくて。。
それならいっそ長く、と思ったけど
こんなに長くなるとは。。(苦笑
入隊したての清寿ってきっと
すっごい毛並みの良い捨て猫
っぽかったのでは?
という設定で。。
08/02/20


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