―08車の中で*vol.2*


沈黙が続いていた。

機嫌は悪そうでも、良さそうでも無い。
気まぐれで、だとしたら、そう珍しいことでも
ない。
「ケンカでもしたのか?」
我ながら愚問だと思う。
窓の方を向いていた顔が、ゆっくりとこちらに
向けられた。
そんな単純な理由ではないのだろう。
当事者達にとっては。
「してないよ」
そう云い終えると、視線が途切れた。
目だけ動かして横を見ると、式部は俯いて、
ぐったりとシートに身体を預けている。
「御子柴は自宅(いえ)に帰ったのか?」
これも愚問だ。
もし御子柴が居るのなら、式部がこの車の
助手席に座ることは無い。
横顔に弱い視線を感じた。
「ううん」
予想外の答え。
真実(ほんとう)なのか?嘘なのか?
表情の無い顔から読み取るのは難しい。
「家まで送るか?」
頭が左右に強く振られて、しなやかに髪が
広がる。
「いい。まだ帰りたくない」
伏せられた瞼に薄く血管が浮いて見えた。

再び沈黙が落ちた。

話したくないなら仕方無い。
詮索するのは苦手だ。
「式部」
突然声を掛けられて驚いたようで、式部は
全身を緊張させて細かく奮わせた。
「何か食べていくか?」
瞳を丸くして、こちらを凝視している。
「三上さん」
赤信号で止まったタイミングで呼びかけられ
たので、顔を横に向けて助手席から乗り出
すようにしていた式部を見る。
「何も訊かないの?」
拒絶しているのか?期待しているのか?
把握するのは困難だが、崩すのは容易。
「誰かと一緒に居たいだけなんだろう?」
何かを云いかけて、しかし云うのを止めて、
少し開いていた唇を奪ってみる。
信号が青に変わった。
シートに背中を押し付けるようにして座って
いる姿を視界の端に捕らえながら、静かに
車を発進させる。
「貴方の傍は楽だ」
口元に浮かぶ、淡い笑み。
目を閉じているが、ここで眠ることは無い。
「私の横では眠ることが出来ないのに?」
何故そこで笑うのか。
はにかんだような表情はすぐに消えた。
「食事が終わったら家まで送る」
どこへ行こうかと、記憶の中の地図を辿る。
「ひとりでもちゃんと眠れるな?」
式部は叱責された時の様に項垂れたまま
頷いた。
「。。。嘘ついてごめんなさい」
「もう慣れたよ」

沈黙が、甘く薫った。


―SWEET PAIN―



―04バス停で。。に続く話、の
別バージョン。。
三上さん一人称に苦戦(笑
さらっとあま〜い雰囲気が
出ているといいなぁ。。

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