―an Undeniable Fact―
        after “No Matter What Happens”清寿's side


薄明かりの中で目を覚ましたら、笑太君が僕の片手を
しっかり握って眠っていた。
横向きで身体を丸めて、タオルケットにくるんと包まって、
胸の前で大事そうに、両手で僕の右手を握っていた。
起こさないようにそっと、指を外してゆく。
「ん。。。」
寝癖のついた、赤茶の髪が動いた。
起こしたかと思って一瞬緊張したけれど、またすぐに
寝息を立て始めたのでほっとする。
頬に乾いた涙の跡があって、それってもしかして僕の為
に泣いてくれたの?なんて自惚れながら、絡められた
指を解いてゆく。


あの男(ひと)は、したくない時はしなくていいといつも云
ってくれて、僕が許さなければ近付こうとしない。
僕から求めなければ、身体に触れることもない。
ただ傍に居て他愛も無い話の相手をしてもらうだけ。
そんな時もある。
いつも強気で自信家に見えるのに。。。僕と居る時は
ただ優しくしてくれる。
あの日だって。。。そうだったのに。
「え?食事?」
聞き返す僕を見て、薄い唇の両端が上がった。
「外で。。。?」
「そう。もう予約してある」
「それ無理でしょ」
「何故?今夜の予定、無いんだろ?」
「う。。。無いけど。でもっ!誰かに見られたら。。。」
メガネの下の、いつもは冷酷に近いほど冷静な目が、
ほんの少しだけ笑った。
「食事しに行くだけだ。誰に何と云われようと関係ない
だろう?」
「でも。。。」
「着替えて外で待っていなさい。すぐ行くから」
いつもは時間が勿体無いと云って、まともに食事だって
摂ろうとしないのに何故?こんなに忙しそうなのに。。。
とは、思った。
予約しておいてくれたのは法務省から大分離れた所に
あるフレンチのレストランで、こぢんまりとした個室に通さ
れた。
向かい合って座る。
料理も既に頼んであるようで、ワインリストだけ見てソム
リエと何か話している顔を、じっと見詰めてしまった。
「何だ?」
「あ。。。ううん。なんだか落ち着かないなぁ、って思って」
軽く笑われて。。。沈黙。
緊張してしまって、話し掛ける話題も見付からない。
僕とは違って落ち着いた様子で、運ばれてきたワインの
グラスを手に取って、僕に向かって掲げて云った。
「式部、誕生日おめでとう」
「!?」
かつて見たこともないくらい綺麗な微笑みを浮かべている
目の前の男(ひと)を、ぽかんとした顔で見返してしまった。
「御子柴は覚えていてくれたんだろう?」
目を伏せて俯いて、首を左右に振ってみせた。
「今年初めて云ってもらったよ。ありがとう三上さん」
精一杯の、微笑みを返す。
零れそうになった涙は、嬉しいからなのか、悲しいからな
のか、自分でも分からなかった。
手を伸ばして指で涙を拭き取ってくれた後、ワイングラス
を渡された。
「おめでとう。乾杯」
「忙しいのに。。。ありがとうございます」
かちん、と、グラスの縁を軽く合わせてから呑んだワインは
渋味が強かった。
その後ワインを呑み過ぎて、食事も美味しくて食べ過ぎて、
帰るのが怠いから、と三上さんの家に泊まったのも、初め
て素肌で抱き合ったのも事実だ。
キスはしたと思う。けど、そこまでで。。。
悪酔いして笑太君への愚痴をこぼしながら泣き続ける僕
を、三上さんはただ抱き締めて眠ってくれただけで。。。
本当にただそれだけ、だったのに。

「ねぇ、副隊長。ウワサになってるって、知ってんの?」
笑太君が羽沙希君をいじっているのを横目で捕らえながら、
さりげなく柏原班長が忠告してくれた。
「なにが?」
「三上部長とこの前一緒に食事しに行ったでしょ?」
「。。。うん。まぁ。。。」
ウワサになっているらしい、というのは三上さん本人から聞い
ていた。偶然見掛けた誰か、が、居るらしい。
「それ、下世話なウワサになってるんだけど」
「下世話な。。。って?」
「副隊長の浮気がバレないのは、総隊長より格上の人と付
き合ってるからだって。多分もう、総隊長の耳にも入ってると
思うケド。。。って、ダイジョブ?!」
自分でも、全身から血の気が引いてゆくのが分かった。
それが、ここ数日笑太君が挙動不審だった理由か。。。
僕の目を真直ぐ見ようとせず、横を向いてしまう。
何か云いたげなのに、何も云ってくれない。
「報告には俺一人で行ってくる。先に帰ってろよ」
法務省に着いて並んで歩いていたら、笑太君がそう云った。
僕の方を見ようともしないで。
「うん。。。」
俯いた僕の右の耳朶を掴んで、こそっと囁く。
「今夜行くから。いいか?」
顔も見ずに、こくん、と頷く。うちに来るのは久しぶりだ。
プライドの高い笑太君のことだから、きっとかなり傷付いてい
るんだろうな、と、思うと、心が痛かった。
自業自得なんだから抵抗はしないでおこう、と、覚悟もして
いた。
でも、あんなに激しく責められるとは思っていなかった。。。


起こさずに僕の手を握り締めていた指を外すのに成功した
ので、次は、静かにゆっくりと身体を起こしてみる。
乱暴にされたので、身体中のあちこちが痛い。
胸元にいくつも付けられたキスマークも、少し痛む。
これじゃ隠しながらじゃないと着替えられない。。。
――― 困った男(ひと)だなぁ。。。
枕に横顔を押し付けるように眠り続けている笑太君を
見下ろして、溜め息をつく。
あの男(ひと)に抱かれた時だって、いつも最後には君の名前
を呼んでしまうっていうのに、ね。
それでもいいと云ってくれるから、だから一緒に居るだけだなん
て云っても信じてはもらえないだろうけれど。。。

この寂しさは、笑太君には分からない。

ベッドから降りようと足を伸ばすと、昨晩凌辱された部分が、
疼くように鈍く痛んだ。
振り返ってシーツを見ると、淡い血の色の染みが幾つか散って
いた。そこに毛布を掛けて、隠す。
こんなのに気付いたら、きっと君は落ち込んでしまうだろうから。
僕は大丈夫。
笑太君が傍に居てくれるだけで、大丈夫だから。。。
シャワーを浴びてコーヒーを淹れていたら、そのニオイで目を覚
ましたようだ。
「わっ!?な、なにっ!」
突然背中から抱きつかれて驚く。
何も云わずに抱き締めてくる、その腕の力の強さに、熱さに、
掛ける言葉が見付からない。
「大好きだよ、笑太君」
びくっ、と、笑太君の全身が痙攣するみたいに震えた。
「例えどんなことがあったとしても、僕は笑太君の事が一番
好きなんだから」
胸の前で組まれていた手を取って、軽く唇を当てる。
「だから笑太君も僕の事、好きでいて」
本当はずっと傍に居て欲しい、なんて、云わないから。。。

笑太君が僕を許してくれて、僕が笑太君を許してあげて、
これでやっとちゃんとお互いの目が見れるようになったね。

時々僕の方を盗み見ては照れ臭そうな表情(かお)をして
朝食を食べる笑太君の様子を見ていたら、自然に笑みが
零れてしまった。


                  ―The end―






P.S.
これはリクエストいただいた
御子柴が嫉妬する話。。
"No Matter What Happens"
を書いている時に、
これじゃ〜あんまり清寿が可哀想だなぁ。。
(しかもUPしたのがお誕生日だったんで。。)
と、思っていたら、降りてきた話。
やっぱり乾は三上さんが好きなのかも。。(汗
清寿が云う、
「例えどんなことがあったとしても。。」が
“No Matter What Happens”で。。
2つの話は対になってます。
ヴィクトリア女王様、
こんな話で。。いかがでしょう?


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