09. 少しの余裕も残してやらない


「羽沙希君!笑太君、どうだった?!」
僕を見付けて、かなり遠くから廊下を走ってきた式部隊長
が息を荒げて訊いてきた。
「生命(いのち)には別状無いということでした」
大きな目がもっと大きくなって、口元を手で覆う。
「ええっ!!そんなに重症だったの?!」
黙って頷く。
「で、笑太君は?もしかして入院したの?」
心配性の式部隊長は気の毒なくらいにおろおろして、腕に
抱えていた書類は落としそうになった。
「もう報告は終りましたか?」
任務中に負傷した御子柴隊長を僕に任せて部長に報告
に行ったのは、処刑の際に一般人を巻き込みそうになった
から、責任問題にならないようにと配慮してのこと。
「そっちは終わったんだけど、書類がまだ。。。」
口惜しそうに、下唇を噛んだ。
「書類?」
「うん。今回の始末書」
今回の件に関しては御子柴隊長が書くべきだろうけど、
式部隊長が書くのか。
「急いで仕上げちゃうから、先に着替えてて」
これは僕には手伝えないことだ。
「マスコミ対策で。騒がれたりする前に法務大臣に報告を
通しておきたいんだって三上部長が」
床に視線を落として、口を尖らせる。
「羽沙希君。先に帰っててもいいけど。。。
もう一回お見舞いに行く気なんて、ないよね?」
憂いを含んだ上目遣いで、僕の顔を見る。
「先に失礼させていただきます」
式部隊長はあからさまに落胆して、肩で大きく息を吐いた。
「お疲れさま。今夜はゆっくり休んでね」
不安でしょうがないから緒に居て欲しい、と、表情(かお)に
ハッキリそう書いてある、けれども。
「はい。隊長命令ですから」
「?」
自分自身に云い聞かせるように云う僕を、式部隊長は
不思議そうに見た。
「お疲れ様です!」
踵を返し、背中に視線を感じながらも駆け出した。


「あっ、羽沙希君っ!」
翌朝ぼんやりしながら更衣室に入ったら、先に来ていた
式部隊長に大きな声で名前を呼ばれて、目が覚めた。
「おはようございます」
「おはよう。。。じゃないよ」
はだけた白いシャツの襟元から、打ち身みたいな赤い痕
が見えた。
「怪我?ですか」
伸ばした指先が赤くなっている部分に触れる前に、シャツ
で隠された。
「あっ、これは大丈夫っ」
顔から、シャツを握った手の先まで真っ赤にして誤魔化す
ように笑いながら、咎めるような口調で責められた。
「それより!酷いよ、笑太君とグルになって〜」
「グルって。人聞き悪いな」
気配を殺して更衣室に入ってきた御子柴隊長が片方の
唇だけを上げて意地悪く笑って云った時、式部隊長は
数cm飛び上がって動悸を抑えるように胸を押さえた。

『少しの余裕も残してやらない』

昨日僕に最後の任務を与えた時、御子柴隊長はそう
云って、今と同じ表情(かお)で笑った。
「僕は嘘は苦手です」
「そんなの知ってるって。だから無理にウソつこうとしねぇで
いつもの真面目な顔してりゃいいんだよ」
笑っていても、心の中は違うのかもしれない。
そう思ったのは、負傷した左腕を押さえた瞬間に悲しそう
な表情を見せたからだ。
「清寿はお前の云うことなら疑わないだろ」
戸惑っている僕を見て、今度は本当に笑った。
「訊かれたら、黙って頷きゃいい」
処刑直後に起こった爆発で、爆風に煽られ吹っ飛んだ
御子柴隊長は軽症だった。
ただ頭を強打していたから念の為に少し休んでいくことに
なったのを、式部隊長には重症だと伝えろ、という任務。
「時々心配かけんのも長く付き合ってくコツってヤツだ」
いつもは心配をかけていないと思っているのか。。。?
呆れているうちに、やっぱり嘘はつきたくありませんと云う
タイミングを逸した。

「余裕、って何ですか?」
僕の隣で着替え出した御子柴隊長に訊いたら、突然
咳こんだ。
噎せている横顔越しに心配そうな顔の式部隊長と目が
合うと、にこっと微笑まれた。
「気持ちの、とか。。。まぁそういうもんだ」
御子柴隊長は息が落ち着いてから、耳元で、内緒話を
するように答えてくれた。
そうなのか。
私服のシャツを脱いで半裸になった御子柴隊長の首にも、
式部隊長の胸元にあったのと同じような赤い痕があるの
を見付けて、なんとなく僕まで赤くなっていた。


―End―



とにかく急いで終わらせて
病院に駆け付けた時、
相手は爆睡してたとか。。
そんなところでしょう(笑
09/04/25Sat.


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