―Cause and Effect―


ドアベルにもノックにも反応が無かったので、持っていたキーで
ドアを開ける。
室内の悲惨な状況を一目見て、普通の者なら迷わずにその
まま閉めて見なかったことにするであろうそのドアを、思い切り開
いて中に入って行けたのは、そういう状況に慣れてしまったせい
だとは思いたくなかった。
が。。。
「大臣!獅洞大臣!」
ここがいつもの大臣室なら放っておくのも手だが、他の国の、
しかも最高級ホテルの最高級ランクのスィートルームとなると話
は別だ。
名目ばかりは海外視察になってはいるけれど、実際は息抜き
も含めての海外旅行に来て数日が経った。
休暇のようなもの、と云ってもそれなりに公務はあって、獅洞
実篤法務大臣はあくまで賓客として招かれてここに滞在して
いる。
ベッドルームが2つ、他に部屋が2つとバスルームが2つ。
ウォークインクローゼットを兼ねた小さな部屋でさえ大臣室より
広いかもしれない、という、贅沢な客室だ。
自分には本当はこの部屋とは別の、もっと下のランクの客室
があてがわれる筈だったのだが、
「こんなに広いんだから、柚原もここ使えばいいじゃないか」
という大臣の一言で、この部屋を一緒に使うことになった。
確かに業務的には、スケジュールの確認も打ち合わせも出来
るからここにいる方が円滑だ。だが、今となってはそれは判断
ミスであったのかもしれないと思う。
少なくともこの惨状を見れば、後悔せざるを得ない。
乱雑に脱ぎ捨てられた衣類。散乱した書類。
投げ捨てられたチョコレートバーの包装紙や飲み物が入ってい
たらしきパック類。
調度品や備品には手を出していないところを見ると、一応理性
は働いていた様だ。
安堵して、肩の力が少しだけ抜ける。
それにしても自分が目を離したほんの数時間の間に、こんなこと
になってしまうとは。。。!
2間続きの部屋を抜けて、一番奥のベッドルームに向かう。
床に落ちている服や新聞が挟まって半開きになっているドアの
隙間から、室内に滑り込む。
カーテンも閉められていない大きな窓から燦々と降り注ぐ陽光を
浴びながら、毛布に包まってすやすやと眠っている男の呑気な
寝顔を、呆れたように見下ろすしかなかった。

この男はそもそも美しいモノが好きなのだ。
「お前、綺麗だな。名前は?」
東都大在学中、キャンパス内でいきなり声を掛けられた時は
なんて失礼なヤツだ、と思って無視をした。
相手は自分のことを知らなかったが、こちらは知っていた。
自覚は無かったらしいが獅洞実篤という男は、良い意味でも
悪い意味でも目立っていて、学内では知らぬ者が居ない存在
だったからだ。
法学部始まって以来の天才と評される頭脳の持ち主でありな
がら、気になれば性別問わずに手を出して自分のものにせず
にはいられないらしい、という悪い噂がつきまとう男。
絶対に関わり合いたくない、と思っていたのに。。。
最悪の出会いをした後数年もこうやって、女房役として傍に居
ることになろうとは、運命の皮肉というか悪戯というか。
あの頃の事やそれ以後の経緯を思い出すと、今でもこれで良か
ったのかと逡巡することが時々ある。

「大臣。。。おい、実篤!」
毛布から覗いている裸の肩を揺する。
ここまで来る間に下着も落ちていたから、きっと全裸で眠っている
のだろう。
微かに漂う香水の残り香。
自分が愛用しているのと同じ匂い。。。
気付いた途端に眉間に縦じわが寄ってしまう。
「ん。。。ん〜」
搾り出すような唸り声が聞こえた次の瞬間、ぱちり、と開かれた目
が、長く伸ばした前髪の間からこちらを捕らえた。
「ああ、宗悟。。。なんだ?」
「なんだ?じゃないでしょう。何でこんなことになってるんですか?」
彼の横には誰かが居た気配だけが、皺になって残っていた。
「あぁん?こんなこと??」
視線だけで周囲を見渡して、髭だらけの口元が冷ややかに笑う。
「酷い有様だな」
ふぅ。。。と、思わず大きな吐息が漏れる。
「貴方は。。。!ご自分でなさったんでしょう?まるで他人事みたい
に。。。」
ベッドの上で寝返りを打って上を向いた彼は、にやにやと笑っている
だけだ。
その顔を見て、もう一度太く長い息を吐く。
「で?異国の"花"は手折ることが出来たんですか?」
可能な限りの嫌味な口調で訊き質すと、ははは!と大きく笑ってか
ら、明るく軽やかな口ぶりで返事が返ってきた。
「いや〜、未遂。部屋入った途端にびびられてさ」
この状況を見れば分かります、とも、それでもベッドまでは連れ込めた
んでしょう?とも云わないでおく。
「初めて会った頃のお前に良く似た、綺麗なコで」
ちくり、と、心の中に何かが刺さる。
こういう気になる単語を散りばめながらの話術も、彼の、他人を惹き
付けるテクニックのひとつだ。
「お前と同じ香水付けててさ。一目で気に入ったんだけど」
無関心な表情を作ってみせる。
反応を伺うような沈黙の後、意外な言葉が投げ掛けられた。
「なぁ、こんな風にぐちゃぐちゃになったのはお前のせいだよ」
狡猾な微笑みがこちらの感情を見透かしているように向けられていて、
無意識に視線を逸らす。
「分かってるんだろう?」
低く艶のある声が、甘い響きを秘めて囁く。
「だからお前が片付けろ。俺からの命令だ」
唇を噛みたいような気分だったが、悔しそうな顔をするだけでも相手を
喜ばせてしまうのは分かっていたから、もう一度だけ大きな溜息をつい
て平静を装う。
思い当たるのはたった一つの失言。
それを云った私の顔を見返して、一瞬だけ見せた複雑そうな表情を
思い出しながら、云われるがままに部屋の片付けをし始めた。

何度も云うが、そもそも綺麗なモノが好きな人なのだ。
特刑の処刑部隊にお人形と影口を叩かれるほどの美形ばかり揃え
ているのも、大きな声では云えないがこの男の趣味である。
どうせ処刑されるなら綺麗で強い者にされた方が幸せだろう?等と、
冗談めかして云っているが、それが本音だと知っているのは自分と
特刑部部長の三上君くらいか。
なかでも第一の御子柴総隊長と式部副隊長が大のお気に入りで、
最近何かとちょっかいを出しているようだ。
「副隊長にお土産を買っていく」
セキュリティの目を逃れてやっと確保した本当の意味での自由時間
でショッピングに行きたい、と云ったのは、そういう理由があったから、
のようであった。
先日、お手製ランチをご馳走になったから、そのお礼がしたいのだと
いう。
料理上手の式部へのお土産は最初からこれにしようと思っていたと
購入したのは、甘くて濃厚な琥珀色のシロップであった。
「最近、式部副隊長がお気に入りのようですね」
自分では何気なく云ったつもりだったが、聞いたほうは心外そうな、
でもちょっとだけ嬉しそうな表情(かお)をした。
「お前。。。やきもち妬いてるのか?」
からかうような口調に、かちん、ときた。
「まさか」
即答した私の横顔を彼は苦々しい表情で軽く睨むように見てから
黙り込み、ホテルに戻る間も戻ってからも口を開くことはなかった。
その後参加したカンファレンスの途中で退席したきり戻らなくて、散会
した後急いで部屋に戻ってきてみたら、こんなことになっていたのだ。
やきもちを妬いてもらいたかったんだろうか?
でも御子柴にしろ式部にしろ、自分達の付き合いの長さ深さから考
えると、嫉妬する対象になんてなり得ない。
全く、大人なんだか子供なんだか。。。
そんなところにも惹かれて離れられずにいる、自分の愚かさにも呆れる。

片付けをほぼ完了させてベッドルームに戻ると、男は仰向けに横たわっ
たまま、微かな寝息を立てていた。
ふぅ。。。吐息しか出ない。
困った人だ。
「大臣、これから大事なパーティーです。支度しないと」
軽く揺すったくらいでは起きる様子も無い。
「そんなに無防備にしていると、襲っちゃいますよ」
肩の上辺りに手をついて、安らかな寝顔を上から覗きこむようにしてそう
呟いてみる。
すると突然手首を掴まれて引き寄せられ、身体の上に乗る格好になって
しまった。
「襲ってみろよ」
にやり。
いつものように、挑発するような笑み。
唇と唇を合わせて、湿った音を立てながら舌と舌を絡ませる。
口中に流れこませた私の唾液を嚥下して、咽喉仏がごくん、と上下した。
「ん。。。っ、宗悟。。。っ!」
お互いの、大きく勃ちあがっている欲望を束ねて両手で掴み、捏ねるよう
に扱く。
先端から滲み出した体液が混ざりあい、融け合ってしまいそうになる。
下に組み敷いた身体がじれったそうに揺れて、甘い息が放たれた。
「貴方のことをこうやって啼かせることが出来るのは私だけですからね」
冷静に云い放つ私の顔を見て、何か云いたそうに口元が動く。
その悔しげに歪む唇にくちづけて、反論を封じる。

「貴方の方が私に惚れているってことを、ゆめゆめお忘れなきように」

大きく背を反らせながら、実篤は"私"をその身の中に受け入れていった。。。


―The end―






P.S.
親愛なるながつき様に捧ぐ。。
主役が柚原さんで、このカップリングの話って
マニア向け???(^-^;
この前の“Come to Light”という話の中で、
柚原さん(と大臣)が清寿にいぢわるしてるんですが、
それは何故かというとこんな事が
あったからなんですねぇ。。
ってことで書いた話。
大人な感じにしたかったのになぁ。。(汗


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