―Hidden Sentiment―


――― そんなこと最初から、分かっていたのに。。。


きっかけは、何気ない会話からだった。

「三上さんって美味しいもの食べてそうで、そうでもなさそう」
デスクの上に整然と置かれた書類の、几帳面に揃えられた角の所を
軽く指で弾くようにして、式部は脈絡なくそう云い出した。
「そうだな。たまに接待なんかはあるけれど」
PCの画面から顔も上げずに、三上は答えた。
「ほとんどここで仕事しながら食べることが多いからな」
「ワーカホリックだなぁ。ちゃんと食べてるんですか?」
式部はデスクの端に頬杖をついた。
イスに座った三上とデスクを挟んで向かい合うような位置から、その顔
に向かって笑みを投げかける。
「ちゃんと、か。。。五十嵐や柏原に適当に買ってきてもらっているから、
"ちゃんと"ではないかもしれないな」
すかさず式部がツッコミを入れる。
「あはは!あの2人が買ってくるんじゃどうせ、コンビニ弁当がファースト
フードでしょ?」
三上がやっと式部を見た。
そしてその目線の先が、デスクの横のゴミ箱に無造作に捨てられてい
るファーストフードの包み紙に向けられていたことに初めて気付いた。
少しだけ照れ臭そうな三上の表情(かお)が肯定の返事の代わりにな
っていて、式部の口元に白い歯が覗く。
「役付きなのに、それってなんか可哀相」
式部につられて、三上も笑う。
「自慢の手料理を食べさせてあげる、とは云ってくれないんだな」
冗談めかして三上が云う。
式部が料理上手なのは、特刑部の中では知る人ぞ知る話だ。
「期待した?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべ、茶化すように式部が答えた。
「僕は無理なことは口に出さない主義なんだ」
三上は口元をほんのちょっとだけ上げて笑っただけで、またPCへと
視線を戻した。
式部が、三上に聞こえないくらいの小さな溜息をつく。
「今度食事でもしに行くか?」
「今度。。。ね」
曖昧な約束は、きっと果たされることはない。
「忙しいクセに。無理なら口に出さないで」
式部の中には諦めがあった。
この関係は、秘められた関係だ。
最愛の人を自分の判断で葬った三上と、最愛の人といつも一緒に
居ることが出来ない式部が、お互いの寂しさと空しさを補う為に続
けてしまっている。。。ただそれだけの繋がりだった。
だから、過剰な期待はしないことにしていた。
デスクの上に手をついて身体を伸ばし、唇を求める。
「もう少しで区切りがつくから、待っていなさい」
それに応じて軽く唇を合わせてから噛んで含めるようにそう云って、
三上は式部から視線を逸らし、また手元に目線を落としてしまった。
式部は今度は聞こえるように溜息をついてから、三上のイスの後ろ
へ回り、そこに寄りかかるように座りこんで窓の外の景色を眺めた。
ビルとビルの間に見える夕空はオレンジからゴールドに、そしてライム
グリーン、セルリアンブルー、ネイビーブルーへと美しいグラデーションを
描いていて、ただ無心にそれを見つめて時間を費やした。


三上が式部の体に触れた時にはもう、すっかり夜になっていた。

くちづけを交わしている間に制服も下着も脱がされてしまって、
式部は生まれたままの姿で三上の愛撫を受けていた。
レザー張りのソファに背中が擦れる。
汗が滲みになってしまうよ、と以前三上に云ったことがあったが、
お前はそんなに汗掻かないだろう、と鼻で笑われてしまった。
どんなに激しい声を上げていてもお前の身体はひんやりと冷たい
と、御子柴にも云われたことがあった。
「う。。。っ!」
乳首を軽く噛むように弄ばれ、式部の意識は現実に戻った。
「今、何を考えてた?」
集中力が途切れると、三上にはすぐに気付かれてしまう。
「愛しい笑太君のこと、か?」
意地悪な笑みを浮かべて、三上が云う。
否定はせず、式部は薄く笑って返した。
三上は眼鏡を外して傍らのテーブルに置くと、もう一度式部の
唇を求めた。
唾液を飲み込む猶予も与えられないくらい激しく舌を絡められ、
式部の顎だけ濡らされてしまう。
少し乾いたような感触の三上の唇が、式部の首筋から胸部、
下腹部へと、ゆっくりと肌の上を滑り降りる。
その間にも器用そうな指で乳首を弄ばれていて、式部は身体の
奥に生じていた疼くような熱い願望が、熟してゆくのを自覚して
いた。
「あ。。あの。。。」
堪えきれなくなって、式部は三上に呼び掛けた。
「あのね。。。お願いがあるんだけど」
「ん?」
三上が顔を上げて、優しい笑みをみせた。
式部の願いはいつもささやかで、大概のことは叶えてやってきた。
「今日は三上さんも、脱いで」
式部の指が、三上のネクタイの結び目に掛けられる。
どんなに深く愛し合ってもあまり乱れないネクタイもシャツも、式部
にとってはいつも癪だった。
でも本当はそれだけじゃなくて。。。
「貴方に触れたい。直接触れたい。だから。。。お願い」
泣き出しそうな顔で、式部がねだる。
三上は笑みを引っ込めて、困った顔をしてみせた。
「それはだめだ。それだけは聞けない」
「なんでっ?」
紫の潤んだ瞳が、抗議するように三上を睨む。
「心の中で、決めていることがあるから、だ」
「決めていること?」
「そう」

式部を抱く時、必要以上に肌を合わせない。
清寿、と、名前で呼ばない。

あえて説明するほどのことではないから、口には出さないだけで、
御子柴のことがいちばん好きな式部の気持ちを傷付けない為に、
そして式部を大事にしている御子柴の感情を逆撫でしない為に、
三上は自分に枷を掛けていた。
「自分で自分を律せなくなりそうだから、それはしない」
耐えなければいけない関係だと、そんなこと最初から分かっていた
から。。。
三上は砂を噛むような気持ちで、ネクタイを解こうとしていた式部
の手を、やんわりと外す。
式部も鈍い方では無い。
そんな三上の、言葉にしない思い遣りの存在を察してしまった。
でも三上には、悲しそうな表情(かお)で目を逸らす式部に掛ける
言葉が見付からなかった。

式部の身体をうつ伏せにして、花芯と茎とを同時に責める。
「んんっ!ん。。。っ。。。ああっ。。。はぁっ。。。」
悶える式部の背中の上で艶やかな長い髪が揺れて、綺麗な香り
を立てる。
「式部、振り返って顔を見せて」
後ろから髪ごと背中を抱くように繋がって、三上は肩越しにくちづけ
を求めた。
苦痛と快感の狭間に居るような表情で、式部は三上の要求に応
じる。
密着した身体と身体の間にはネクタイとシャツの厚みの分だけ距離
があって、そのもどかしさが、三上の理性を保つ。
これがなければ式部を離せなくなりそうで、怖かった。
そしてその歯痒さが、式部の複雑な感情を煽る。
いつもより熱くなった身体には、大粒の汗が浮かんでいた。
「もう。。。イキそう。。。」
三上の手の中で式部の茎が自らの零す露で濡れながら、いまにも
張り裂けそうなほどに膨張していた。
「一緒にイこう」
喘ぐ式部の耳元で三上が囁いた。
その繊細な声に反応して、式部は絶頂へと駆け上がる。
同時に三上も頂点に達し、切なさを吐き出す様にして2人で一緒
に果てた。。。


「今度食事しにいこう」
何事も無かったかのようにデスクに向かって仕事をしながら三上が
云った。
もういいよ、というように、式部が困ったような笑顔を返す。
「一緒に外なんて歩けないでしょ?諜報課に見付かったら何云わ
れるか。。。そんなこと、最初から分かっているのに」
三上の脳裏に、五十嵐や柏原の、鬼の首を取ったかのような顔が
浮かんだ。
「今度お弁当、作ってきてあげるよ」
式部が明るい声で云う。
「他の人の分も作ってくるから、一緒に食べればいいでしょ?」
着直した制服にも髪の一筋にも乱れがなく、いつも通りの綺麗な
式部副隊長に戻って、ふわり、と微笑みながら。

ミッドナイトブルーの空に月が浮かんでいた。
黄色味の強い、細い細い鈎針みたいな月だった。
デスクの端に腰掛けて三上と話しながら、式部はその背後に貼り
付いているような夜空をずっと見ていた。


―The end―






P.S.
なんとな〜く続いている
三上×式部不倫シリーズ第3弾(笑
そろそろ笑太も頑張らないと見捨てられちゃいそうなので、
続きは笑太×清寿の話です。

この話と、次の笑×清の話が
実は6月のイベント用に書いた話の
伏線になってますんで。。どうぞよろしく。
同人誌用の話は可愛いのに、
なんかこっちはどろどろ。。だなぁ(^-^;


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