―Anxious Forebodings―


「笑太君、"気まぐれ"と"わがまま"は別モノだからね」
大きく息を吐き出してから、清寿は目を伏せたまま云った。
その云い聞かせるような口調で、やっと気が付いた。
どうやら俺は清寿を怒らせてしまったらしい。。。
その事に何故か俺より先に羽沙希が気付いていて、妙におろおろして
いるのがなんだかイヤな感じだ。
「ね、総隊長。ちゃんと聞いてる?」
俺の注意力が自分から逸れたのを視線の動きと気配で読んで、清寿は
不機嫌そうにそう云ったきり口を閉ざしてしまった。
気まずい沈黙が落ちる。
「まぁ、今回の事は総隊長が全面的に悪いよな」
絶望的な静寂を破ったのは五十嵐だった。
三上さんは無表情に押し黙って俺の顔をじっと見ているだけで、口を開く
気配は無い。
「すまない。。。」
清寿に向かって謝ったが、清寿は端整な横顔に静かに怒りを漂わせ、
つん、と向こうを向いたまま、こちらを向こうともしない。
また、沈黙が空間に満ちる。
しばらくして清寿が、ふぅ。。。と短く溜息をついて肩の力を抜き、
「三上部長、五十嵐課長、お忙しいところどうもすみませんでした」
目の前の二人に向かってそう云うと、すっ、と頭を下げてから踵を返し、
片手で羽沙希を促しながらドアへと向かった。
困惑したようにこちらをちらちら振り返って見ている羽沙希の緑色の瞳が、
俺を責めているように見えた。
ドアを閉める直前に清寿はもう一度中に向かって礼をしたが、俺の方を
見ることは無かった。
ぱたん。ドアが閉まる。
次の瞬間、五十嵐がはぁ〜っ、と、長く息を吐いて呟いた。
「普段が穏やかなだけに、副隊長が怒ると一番怖いな」
三上もわざとらしく大きな溜息をついた。
「御子柴。。。お前の自分勝手な態度は今に始まったことではないが、
その度にフォローしている式部のストレスも考えてみろ」
そんな事、云われなくても解っている。。。
それに続く五十嵐の言葉を聞いて、今度は俺が溜息をつく番だった。
「まずはもっと真剣に謝るんだな。とにかく明日までには何とかしてこい。
第一に担当して欲しい任務はまだまだ沢山あるんだからな」
「。。。了解」
重い口調で答えた俺を、二人はやや心配そうな面持ちで見ていた。


今日のことは俺が悪い。
本当はタマが悪いんだけど。。。
余計に清寿の怒りを倍増させてしまいそうで、本当の事は云えない。
今日の任務はちょっと面倒なターゲットが相手だったので、昨日のうちに
色々打ち合わせをしておいたのに、今朝になって非番になったから付き
合って!と急に云い出したタマに邪魔されて出勤出来なかった。
突然の休みの理由はいつもながらの"体調不良"。
清寿からかかってきた電話を奪ったタマが勝手にそう云ってしまったからだ。
ここまではいつものパターン。だけど。。。
今日ばかりはいいかげんにしてくださいっ!と、タマを振り切って遅刻して
出勤してみたら、清寿のヤツがヤケに不機嫌だった。
「もう今日の任務は終わったよ。今頃来て、何?」
返り血で汚れたカーキの制服から白の制服に着替えながら、本気で
怒っている様子で云うその顔を、まともに見ることは出来なかった。
その後任務完了報告と次の任務の説明を聞く為に訪れた部長室で、
清寿の怒りが爆発した。
爆発と云っても静かに深く。。。と云う感じだったので、最初は誰も気
が付かないくらいだった。
それが更に清寿の怒りを煽ってしまったらしい。


あの様子じゃ電話に出ないかな。。。と思ったらちゃんと出て、部屋にも
ちゃんと招き入れてくれた。
「あのね、笑太君。。。僕かなり怒ってるんだよ?解ってる?」
清寿は俺と一回も目を合わせずに、こちらに背を向けてしまった。
いつもより高い位置で一本に縛った髪が揺れて、その下のうなじがヤケ
に気になる。
「うん。ごめん」
「謝ればいいって問題じゃないよ」
背後から抱きつこうとした腕を払われて、あっち行ってて、と態度で示
される。
仕方なくベッドに座って太い息を吐き、ごろん、と横になる。
「ごはんは作ってないからね」
清寿はそう云いながら持ってきたビールの缶を、何の前置きもなく俺の
額に押し当てた。
キンキンに冷えた缶の冷たさが目の奥まで響いて、一瞬目を閉じる。
「お前は呑まないの?」
「いい。そんな気分じゃないから」
身体を起こしてそれを受け取り、ぐいっと呷るようにして口に含む。
そして俺の横に腰掛けていた清寿の顎を引き上げて、口移しでそれを
飲ませた。
こくん、と清寿の咽喉が鳴り、そのまま後ろに倒れこむように、ベッドの
上に仰向けに寝転んできた。
「笑太君は勝手すぎる。解ってないよ」
両目を覆うように顔に当てた片腕に、真っ白な包帯が巻かれている
のが痛々しかった。
「僕と羽沙希君ね、今日ケガしたんだよ」
それは清寿が怒って帰ってしまった後に柏原から聞いた。
今日の任務では思っていたより苦戦して、結果的には無事処刑を
済ませたが、途中で二人共受傷してしまったということを。
多分清寿は、羽沙希にケガをさせてしまったことに責任を感じてい
るのだろう。
自分のことは置いておいても、俺や羽沙希の事にはムキになる。
コイツはそういうヤツだ。
それでも、こんなに怒っているのを見るのは初めてで、きっと他に理由
があるんだろうけど。。。それが解らなくて正直戸惑っている。
「ごめん。本当にごめん」
「"ごめん"じゃなくて」
イラだったように清寿は云った。
「僕はね、笑太君の気まぐれなら許すけど、蓮井警視のわがままの
犠牲になるのはイヤだ、って云ってるんだよ。それで羽沙希君がケガ
しちゃうなんて。。。言語道断だよ」
曇っていた視界と感情が、急にクリアになった。
解っているつもりだけで、俺は本当は清寿の気持ちなんて全然解って
いなかったんじゃないか。。。
心の中に入り込んできた感情が熱くて、胸に痛みすら覚えた。
清寿の綺麗な顔を隠している腕を持ち上げて外し、覆い被さるように
して、唇を合わせながら抱き寄せる。
それでも清寿は瞳を閉じたままで、まだ俺のことを見ようとはしない。
「なんだかヤキモチみたいで自分でもイヤだから今まで我慢してたん
だけど。。。でもどうしても今回だけは云っておきたくて」

最後まで聞き終える前に、思わず清寿の身体を強く抱き締める。
清寿の腕が俺の身体に回されて、抱き締め返してくる。
左肩の古い傷の上に清寿の息がかかり、そこから俺の身体に熱が
吹き込まれるように、頭の先から足の先まで痺れたように熱くなる。
体勢を逆にして、足を伸ばして座った俺の上に清寿を跨らせ、くち
づけを交し合いながら、お互いの着衣を乱してゆく。
いつもは解く清寿の髪を今日はそのままにして、首筋からうなじに
かけて、唇と舌を這わせる。
ああ。。。と甘い息を漏らしながら、清寿は俺を責めるように呟いた。
「もうっ、笑太君ってば!いつもこうやって誤魔化しちゃうんだからっ」
しなやかな指が、清寿を欲しがってすぐにでも爆発しそうになっている
"俺"にアンダーウェアの上から触れて、輪郭を露わにするように愛撫
した。
「ごめん。。。俺にとってはお前は"特別"で、そんな風に感じてるなん
て思ってみたこともなかった」
「笑太君。。。」
求められるままに唇を合わせて舌を絡め合い、快感に、流されそうに
なる。
「あ、清寿。ちょっと待て」
我に返って、俺の中心の辺りで蠢く清寿の手を掴んで止める。
「え?何?」
「ちょっと立って」
左肩に清寿の頭を乗せたまま、抱き合ったままの姿勢で身体をずらし、
ベッドサイドに立ち上がる。
「何するの?笑太君っ??」
ベッドを覆っていたシーツの端を掴んで引き抜き、ふわっと俺達の上に
広げ、困惑している清寿ごと包んでしまう。
そしてその勢いで、ベッドの上に倒れ込む。
「今日は絶対覗き見されてる気がするから。でももうこれで誰にも見ら
れないで済む」
悪戯っぽく笑いながら云った俺の首筋に、呆れたような溜息がかかる。

「ねぇ、笑太君。誰にもしたことないようなコト、してよ。
僕だけ特別って、思わせて。そうしたらもうこんな事云わないから」

その時耳元で囁かれた言葉に欲情し、清寿が許してくれるまで、
朝まで何度も尽くし続けた。。。


出勤してすぐに部長室へ行くと、案の定五十嵐の瞼が腫れていた。
「五十嵐部長、寝不足?」
清寿が昨日と打って変わった上機嫌で微笑みかけている。
こういう時コイツはホントに悪魔のようで、第一で、いや特刑隊員の中
でも、一番性質(たち)が悪いんじゃないか?とすら思う。
バツが悪そうな苦笑いを返している五十嵐に軽く同情しつつも、とりあ
えず取り戻した平穏に、安堵の溜息をひとつついてみた。


―The end―






P.S.
先日のイベント中に清惠嬢と話題になった
“清寿が本気で怒るのってどんな時?”
というお題で書いてみました。
今回のBGMは及川光博の“セックスフレンド”
(アルバム『ヒカリモノ』収録)。
タイトルも歌詞も扇情的ですが、
切ない純愛の歌で、大好きなんです。。


Back